綿野舞(watanobu)2020 日々是帖  渡辺伸栄watanobu~新潟県関川村在住~


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5月31日(日)  良寛の国上の風の爽やかさ
 阿賀北山岳会、久々の山行日。今月はノボラーズ組向けの企画で、良寛の五合庵見学と国上寺参詣、寺泊でカニ食べ放題、新潟で登山用品ショッピング・・・がメーン日程。ただし山岳会ともなれば山に全く登らないというわけにはいかず、国上山へ。低山ながらブナ林が県指定天然記念物になっている程、木立の爽やかなハイキングコース。
 山の定義は、土地が盛り上がって周りより高くなった地形をいう。低山、高山、有名、無名、全ての山の地形を愛する我ら。たとえ山頂の草木生い茂り眺望が全く利かなかったとしても、山道の草木に目を楽しませ、鳥の声に耳を澄まし、山気にたっぷりと浸る。これぞ山登りの醍醐味。 山の尊さは高さにあらず、なべての頂きに憩いあり、が我らのポリシー。
 続々と行き来する登山びとたち。家族あり友人あり団体あり、生まれたばかりの赤子あり、よんがらもっこりの老人あり、みな嬉々として山道を登り下る。早朝ガラガラだった国上寺参詣者用駐車場も下ってみれば満車状態。緊急事態が解除されて、この日をムズムズとして待っていた人々。生気あふれ解放感に満ちた表情。
 寺泊の魚市場もカニ宿も大盛況。店員さんの溌溂とした動き。新潟の登山用品の売り子さんの嬉しそうな顔。皆この日を待っていた。明日から6月、我らにもいよいよ夏山本格登山の季節。Okkaaにはズボンにパーカーに帽子にと登山服を新調し、ノボラーズ企画第2弾はいざあの聖地上高地か。どうか、第2波、第3波、起こりませんように。詳細は後日「山の記」で。
 遅ればせながら、5/24の峠歩きの「山の記」をUPしました。⇒こちら
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5月30日(土) たかが6本 過保護のトマト 育て! 
 午前中でトマトの風除け完成。30本切り出した竹丸太材、あれから何日かけたか、とにかく全部使い切った。これで実をつけてくれなかったら勘弁しないぞ、というくらいのものだ。むきになって作ってはみたものの、たかが6本のトマト苗、出来てしまえば大げさすぎた気もして、ひとり恥ずかしいような気分で眺める。幸いここは誰も通らないしどこからも見えない。見えるのは唯一米坂線の車窓から。あれはなんだ?とわざわざ途中下車して見に来られる心配もまずない。
 午後は家の周りを片付けて、夕Run。土曜は今や恒例となった4人チームの練習日。河川敷の周回をドローンで空撮。着陸させて、どれどれ映り具合は如何?と録画再生にしたら、「画像映像がありません」と表示。え?なんだ?よくよく考えてみたら、初めての、走る人を空から追いかける撮影に精一杯で、録画のボタンを押すのを忘れてた‼ いやはや、来週もう一回やり直し。今日は走るつもりのなかったKyeenさんを無理に周回走させてしまって、ゴメンナサイ。 
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5月29日(金) 昨日今日明日へ続く同じ日々 
 Tさんの来宅を除けば、昨日と全く同じ日。午前いっぱい竹を割り、ちょっと昼寝して畑の風除柵作り。「昨日が今日で今日が明日で明日が昨日でも、何も変わらない日々」昔の大河ドラマで蛭ヶ小島に流された頼朝の鬱々とした日々を描写したナレーション。言い得て妙。リタイア後の自分と全く同じ。ただ違うのは若き頼朝の焦燥感と老いた自分の満足感、180度の違い。
 昨日の柵は全部取り外して最初から作り直した。頑丈に作ったから昨日のところまで進まずに終わった。リハーサルと思えば昨日の作業も無駄ではない。続きは明日。時間はたっぷりとある。
 昨日は持ち忘れたスマホ、今日は忘れず5キロの折り返し点で写真を撮った(90度ずつのパノラマ撮影、右回りで4枚、360度)。マラソンの為には休み癖はつけない方がいいのだが、ここまで来て景色を見ない手はない。いつも走る関川村の盆地とはまるで違う広大な風景。見慣れた山々もここから見れば違って見える。水の張られた田んぼも、春には一面のチューリップ畑だった。あと数キロ下れば荒川の河口、いつかゆっくりと海岸線まで走ってみたい。
 昨日今日明日と同じ日々でもちょっとずつ違う日々。僅かの差異に楽しみがある。
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5月28日(木) 出作地の土手を走れば人笑顔 
 竹割作業中、Tさんが立ち寄った。例の古絵図の持ち主、暫し古文書談義。旧家のT家にはまだほかに古文書があるらしい、出てきたら見せてもらえることに。それに、古絵図の解読ができたら古文書分館に掲載の了解も得た。今日もいい日だ。ちょっと昼寝して畑へ。割竹を運んで早速トマトの風除け作り。
 畑には常に川風が吹いている。日本海の高気圧から内陸へ向けて吹く海風。川下へ走る土手のランナーには向かい風だが汗を飛ばす爽やかな風。畑では風車をカラカラと軽快に回し、時に急回転させてモグラを脅し、病虫害を適度に吹き飛ばしてくれる良風。
 それが一旦、日本海に発達低気圧が入り、前線を伴って列島を横断しようものなら、先日のあの暴風になる。川上の盆地から猛烈な勢いで吹き出すダシの風。我が畑は関川盆地の出口・貝附の狭戸にある。だから、風神の袋の口。
 前回の暴風時は苗を覆った風除袋で助かったが、そろそろこの袋も外す時。低気圧はいつ来るか分からない。風除柵を急がなければ。
 午前中、ずいぶん竹を割った気でいたが、作ってみれば柵半分でオワリ。明日はまた今日の作業の繰り返し。ナ~ニ、時間はタップリあるし、低気圧もすぐには来ない。草刈は明日に延ばして、畑から土手へランニング。荒川のゴルフ場沿いに下って桜の公園で折り返し。出会う市民の人々皆挨拶が良くて、気持ちの良いランニングコース。 
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5月27日(水) 人申亥 竹から見れば みな同じ 
 母は庭に黒竹が生えるのを嫌って出るとは切っていた。元は自分で植えたもののようなのだが、縁起が悪いのなんのと誰かから言われたらしい。切られても切られても毎年1,2本芽を出すから、相当の生命力だ。母が老いて庭の見回りが十分でなくなった頃から、折角出たのだからと30㎝くらいの高さに切って庭の片隅に4,5本、目立たぬように生やしておいた。
 テラスの屋根板修繕作業中のことだ。ふと見ると、いつの間に伸びたのやら2mもの長さのタケノコが5本、這い出た範囲も広く、しかもこれまでになく太い。これじゃ猫の額の果樹園も台無しだと、2本だけ30㎝に詰めて残し、他は根元から切り取った。
 山林の竹も、竹林の外側の草地へ次々と範囲を広げようとタケノコを出してくる。山中竹林にしようという勢いだ。そうはさせじと、翁・媼は見つけ次第タケノコを掘る。竹林の中のタケノコは育てたいのだが、これまたサル軍団が来て頭をかじりまくり、イノシシが来て根元から押し倒していく。翁・媼はその惨状をみて嘆くのだが、ナニ、竹から見ればみな同じことをしているだけ。
 それにしても恐るべきは庭の黒竹だ。去年まで細々と芽を伸ばしていた慎ましやかなタケノコでは、まるでない。母がいなくなったのを承知しているかのような威勢のよさ。ニャロー、ナメルンジャネーゾ。オレだって強いんだからナ。
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5月26日(火) コーヒーとKitKatで 15キロ 
 朝一の作業は庭木の全面消毒、スミチオン500倍液を4ℓの噴霧器で3回隈なく。終わって竹林へ、An old bamboo cutter竹取の翁、1.5mの竹丸太30本の切り出し。明日これを縦に切り割って畑用竹材にする。平均4分割として120本になる計算。風除けや支柱用。
 昼食後、風車作り。畑に侵入するモグラへの嫌がらせ用。風吹きすさぶ畑で風車は超高速回転、ボロボロになったヤツを補修して補充する。ミミズを食べに来るモグラに実は罪はなくて、そのトンネルを使って侵入しイモ類を狙うネズミが大敵。モグラは可哀そうにとんだとばっちりを受けることになる。
 夕Run。ドーム閉鎖以来、好天日は家からスタートする習慣になった。土手に上がって1,2キロ。今日はなんだか調子いい。大島のいつもの5キロ折り返し点を今日は通過。R113 との出合いが6.5キロ。どうしようか迷ったが、脚は調子よく国道を横断して歩道をそのまま7.5キロまで。10キロの梨の木まで行こうかと思ったが帰りが心配になってそこで折り返し。いつもなら給水で止まって一息入れたりするのだが、今日は走りながらの給水。結局一度も止まらず15㎞完走。
 何でこんなに調子がいいのだろう、今日は昼寝もしていないというのに。走りながらつらつら考えた。そうか、あれだ‼とハタと気づいたのは、午後歴史館に寄ってコーヒーとキットカットを4枚もご馳走になったこと。あれだ‼ 峠の前のダンゴ。そうか、これからはキットカットだ。いや待てよ、ブルボンルマンドなら20㎞かもしれないぞ。 
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5月25日(月) 早く早くと急き立てる ナス・トマト
 4日ぶりの畑。テキストに、花がつき始めたらトマトは脇芽を摘む、ナスは3本仕立てにする、とある。そのページをスマホで撮って、畑でテキストの図と実物をあちらからこちらから、これかあれかと見比べて、ようやく理解。ミニトマトの実はすでにビー玉くらいになっていて、水ナスの実もトゲトゲがついてナスの形になっていた。早い早い。カブ、アスパラ菜、シュンギクの播種は収穫を考えて1週間毎の3回に分けたのだが、早い回の畝は密植状態になっていて、今日遅ればせの間引き。作物はこちらの都合を待ってくれない。畑作は、作物に追い立てられる作業。次は何をしなければならないのだ?と頭の休まるときがない頭脳労働。もちろん足腰駆使の肉体労働でもあって一石二鳥。高齢者はおしなべて畑作に従事すべき。広い河川敷を無駄にしておかないで畑地にして開放したらどうなのだろう、な~んて思ってしまう。どこか遣り遂げ感があって、川風の清々しい畑の午前。
 午後は歯科の定期健診を終えて、夕Run。月間目標150㎞を達成したのは、3ヶ月ぶり。
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5月24日(日) 良寛の道 今 ヒメシャガ盛り  ⇒「山の記」へ
 米沢街道十三峠を歩く会。 一行17名様のご案内役。コロナがやや収束し、ようやく1月遅れの開催となった。それでもまだコロナ警戒は緩まず、村のバス使用は村民限定。村外の歴史館古道愛好者の皆さんには相済まない形になったが、純粋村民だけの山歩き。
 第1回目の今回は、第一峠の鷹ノ巣峠と第二峠の榎峠を越える。米沢と越後を結ぶ重要街道、古今どれほどの人々が歩いたか。中でも文政4(1820)年秋64歳の良寛が一人、遠く米沢を目指して黙々と歩いた姿が偲ばれる。何を思い何を願っての旅だったのか。米沢到着の翌春、鷹山公が没した。単なる漂泊の旅ではなかったという説がある。良寛の人生も胸中も複雑だったらしい。良寛の書が人々を惹き付けるのは、彼の人の奥深い思いが秘められているからとか。
 そんな良寛へ思いを馳せることもなく、人々はコロナから解放されて初夏の山歩きを久々に楽しんだ。道の途中にはヒメシャガの群落が目を楽しませてくれて、4月14日の下見のときに群れ咲いていたルリソウもほとんどが種に変わっていたが、一部咲き残ってかすかな瑠璃色を見せてくれていた。
 集合写真のここは榎峠。戊辰戦争の激戦地。だが、平時であればここに茶屋が立ち団子の一つも食べる場所。その団子も、すでに峠道の入口の休憩で食べつくし、ここまでの登りのエネルギー源にした。ここから先は下り道。2,3日前から熊の出没している領域。ではあるのだが、この面々の華やかさにはさすがの熊も、恥ずかしくて出てこれなかったようだ。詳細は「山の記」でどうぞ。
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5月23日(土)  ゆっくりと ただゆっくりと ときながれ
 聖書の創世記を読み始めたら、7日目に神は休んだとあった。疲れがたまったのでボクも今日は休養日。 朝、コーヒー豆を炒って竹デッキで冷却ゴミ飛ばしして、そのままポケーッと庭眺め。テラスの屋根板1枚は竹デッキの上に横にしたまま、何にもせずに過ごす一日。H君とのTV長電話、山好きびととのメール交換、たまに大石村の絵図面。Tamuちゃんが残した文字の一文字解読できただけ。夕Runは4人チーム、それもキロ8分の超ゆっくり。絵図面の持ち主のTさんと連絡が取れて、後日原本を見せてもらうことになった。
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5月22日(金) 屋根修繕中 召集令状届く 
 懸案だった竹デッキの屋根の修繕。掛けてほぼ10年のポリトタンは固くもならず傷んでいない。劣化したのは留釘の笠の部分で、ほぼ全てなくなっていた。だから、風で揺すられて釘穴が広がりポリ板が吹き飛んだのだ。劣化したのはもう一つ。屋根板の桟を竹デッキのテラスに縛っていたポリ縄。5年ほど前に取り換えたのだが、劣化してボロボロ。風に煽られた振動で既に切れているのもある。
 19日は、強風の中、傷んだ板だけ応急に修繕したが、今日は好天日。じっくりと10枚の屋根板全てを修理する。端の板から2,3枚ずつ順々に外して、まずは裏表水洗い。新品の笠釘を打ち直して、ポリ縄をこれも新品に取り換える。そうして、テラスの棚の上に縛り付けていく。実はこの縛り付け方式が、手間はかかるが案外楽。屋根の上で作業しなくて良い。それに柔構造だから振動にも強い。ま、法隆寺の五重塔みたいなものだ。そもそもこのテラス、造った当時あまりにも柔なのを見て、友人曰く「4,5年もつかな~」。それが何と10数年超えてしっかりと建っているのだから、日本建築の柔構造を再認識すべしだ。
 昨日だったか、Tamuちゃんから「読み切れない文字があるから見てほしい」と連絡があり、昼食後ちょっと歴史館へ。古文書を預かった。天保八年の大石村の開田届の絵地図。ついでにこの間のルマンド新製品のお礼にアイスを届けた。毎週配達のコープのアイスは、どういうわけか随分小型に出来ていて、普通のアイスは大きすぎて一度には食べきれないというTamuちゃん向き。
 午後も屋根板の修繕、付け替え。クタクタになって、最後の一枚は残した。最も風を受ける端っこの一枚が最も重要で、慎重にしっかりと取り付けなければならない。だから、体調を整えて明日の作業にして、本日は終了。
 屋根の修繕中に郵便が配達されて、何かと見れば運転免許更新の高齢者講習通知状。ついに来た召集令状。紙は赤くないが真っ赤な太字で書いてある、まさに赤紙。指定された日は都合が悪いので変更依頼の電話を入れて、希望の日を1月間に渡って伝えたのに、混んでいるからどこに入れるか分からないと言う。決定連絡は後日と。びっしり立て込んでいるということか。1人5100円。すごいな~。ひどいな~。
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5月21日(木)  サル笑いワラビ喜ぶ刈り払い
 さて今日はサツマイモの植付日だがと、朝テキストを開いたら苗は一晩水に浸けておくのだとある。しまった、昨日から新聞紙に包んだままだ。見ればぐったりとしおれた風。一晩も半日も同じことだろうと、すぐにバケツの水に浸け、植付は午後にすることにした。
 それで午前は山林へ。16日以来見ていないタケノコが気になっていた。
 行ってみてびっくり仰天。なんとしたことだ、山林の入口の山道が倒木で塞がっている(写真左)。昨日の強風の仕業だ。山林の必携品ナタとノコギリを出して、開通作業30分。こんな時に限って、乗ってきたのはアクア。軽トラの荷台には屋根修繕の材料を載せてあって、おろす手間が面倒なのでアクアで来た。 軽トラなら多少車体が擦ってもいい加減に開通するのだが、アクアならそうもゆかず丁寧に切り払って、早々にいい汗かいた。倒れたのは根元の腐った大木(写真右上)。今日はこれで開通したが、今後、特に雪の後など次々と枝が道へ押し潰れてくるに違いない。いやはや仕事は次々と増えるものだ。チェンソーは壊れて使い物にならないというのに。
 何とか無事通過して、まずは恒例の藪刈払い。草刈り機の油1タンクでほぼ60分の作業なのだが、道開通の余計仕事の分、刈払い作業はタンク半分で止め、タケノコ掘り。15日にサルの軍団に全滅にされて以来襲来を受けなかったらしく、その後に出たタケノコは無事の態。
 持って帰ったら、Okkaaは早速お昼に食べると言って刻み始めた。「オイオイあく抜きしなけりゃ食えないだろう」と言うと、「うちのタケノコは水で湯がくだけで大丈夫」と言う。実はそれで今年のタケノコ料理は何度も何度もイガラッポイのを出されて閉口。説得を重ね、最近ようやく米糠であく抜きするようになって落ち着いていたのだが、また最初の回に戻った風。「頼むから、米糠でしっかりとあく抜きしてくれ、オレの喉は繊細なんだ」と懇願説得強要してようやく第2回戦に進めたよう。で、曰く「最近、うちのタケノコも性格が悪くなってアクが強くなったみたい。昔は水で湯がくだけで食べれたのに」だって。
 ま、つらつら考えてみるに、これだけサルに襲われ続けたら、タケノコだって自衛上イガラッポサを増さざるを得ないのかもしれない。植物の真理というものだ。それに近年はイノシシまでタケノコを掘り始めたし。いやはや、次々と難題続出の我家の山林。それでも、時期になればタニウツギの花やヤブデマリの花(右下)が咲き誇り、手入れびとへちゃんとお礼をしてくれる。それに、藪を刈り払ったあとには今もってワラビが続々。Okkaaはすでに1年分のワラビを漬け込んでもう十分だと言うのに。
 春の刈払いは無駄な苦労で、刈った後から次々と草が伸びて、あっという間に一面真っ青になるのは目に見えている。それでも、去年刈らなかったから、藪を放置すれば夏の刈払いはこの程度の労力では及ばないことも目に見えている。だから、藪の若いうちにせっせと刈り払う。その手入れびとの後姿をあざ笑うように草木が続々と伸び始める。ごんべたねまきゃ・・・の態。”与作は藪を刈る、ヘイヘイホーヘイヘイホー”、誰もいない山林でエンジン音にまぎれて大声で歌う。
 午後はサツマイモの苗を植え付け、ジャガイモの追肥土寄せ。予定通りの進行。順調順調。
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5月20日(水)  強寒風 悪天続く 皐月空
 昨日の風でタマネギがみな倒れたと、朝風呂クラブでKさんが言う。にわかに不安になって、朝食後畑へ直行。竹デッキの屋根も心配なのだが今朝の風は弱い。それよりもまずは畑だ。鍬を担いで恐る恐る駆け付けると、なんと御覧の通り見事に無事。
 ここは荒川沿いの風の吹き出し口にあたり、まだ結構な強風が吹いていた。それでも、植えたばかりのナス、トマト、カボチャの風除け袋は一枚も飛んでない。キャベツ、シュンギク、アスパラナにかけた防虫ネットもそのまま。植付を終えたばかりのショウガ畑のビニルマルチは植穴から風が入ってバタバタしているが、無事。土で抑えてバタバタを止めた。
 タマネギはと見れば、風でなびいて45度から30度の傾き。球がむき出し。一昨日の作業で土寄せすべきだったのを忘れていたのだ。遅ればせながら土寄せをし、一株一株手で押さえて立て直した。ゴム手を忘れたので素手は泥だらけ。Naruさんや隣のお婆さんのタマネギから見れば半分の大きさだが、それでもあのチビ苗たちがここまでよく育ってくれたと感無量。先日、草取りついでに混んでいるところを間引きして、持って帰って煮て食った。ピンポン玉ネギならぬビー玉ネギだったが、そりゃあ美味いこと美味いこと。
 かくして強風の中の作業を終えて帰宅したら、農協からサツマイモ苗が届いた。人気の紅はるか50本。こんなに植える場所がないから、NaruさんとKeynさんにも分けることにしている。
 畑で体が冷えたせいだろうか、昼寝の後で喉の奥がちょっと痛い。風はおさまったし屋根修繕作業は中止して午後は休養。夕Runの時刻。どうしょうかと迷ったが、2日休んだので思い切ってドームへ。軽く走り始めると徐々に調子が上がっていく。総監督のFさんが来て、Unqさんも来た。ますます調子が上がって、結局ラスト2㎞はキロ6分を切り、最後は5分半を切っての1㎞。どうしょうかと迷ったらまずは一応やってみることだな。
 明日はサツマイモの植え付け。それに菜っ葉類の間引きに、ジャガイモの土寄せ追肥。やることはまだまだ多い。
 そうそう、留守中に東京のWakaちゃん(Okkaaの妹)から電話があったという。畑があまりにきれいになってびっくりしたらしい。18日のHPの写真を見たのだろう。実はあの写真は18日より数日前のもので、今日の写真が最現況。この畑は元々は彼女たちの母の耕作地。だから、この様子を見れば義母も草葉の陰でびっくり仰天腰を抜かしているかもしれない。
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5月19日(火) 強風日 分館出来て 屋根が飛ぶ 
              
 外は強烈な風。竹デッキのポリトタンの屋根がバタバタと鳴っている。その音をバックグランドにPC作業。どうにかWEB上に「歴史館の古文書分館」が完成した。上のイラストは、古文書分館のスタッフ紹介で使った絵。両側2つは既存のものの横流し。真ん中はこのための新作。Tamuちゃんの雰囲気を出すのに一苦労。問題は平田文書の解読作業の進行度。畑に山林に手いっぱいで、ちっとも進まない。コロナの渦が収まって、古文書講座を開講できるようになれば良いのだが。日本中、いや世界中、収束を願っている。考えてみれば全人類の願いが一致するなど稀有のことかもしれない。
                      <古文書分館は左の目次をクリックしてください。>
 突然、バリバリッと、竹デッキの屋根が一枚吹っ飛んだ。作ってからほぼ10年経過の竹デッキ。飛んだポリトタンをよく見れば経年劣化が著しい。幸い雨は上がった。午後からはずっと屋根の修繕作業。10枚ある屋根板の4枚を打ち直し、止めなおしたら時間切れ。残りは明日の作業。
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5月18日(月) 雨上がり鍬を担いで颯爽と
 
 晴れれば颯爽と畑へ。今年の畑はこれまでとは違う。畑友のNaruさんもびっくり仰天。それもそのはず。去年までは根菜類ばかりで、ジャガイモを植えれば1ヶ月放置、ネギを植えればひと夏放置。その間、草茫々。それが今年は、ナスにトマトにキャベツにシュンギク、アスパラナと種目を増やして、御覧の通りの手のかけよう。畑を目一杯使ったものだから足りなくて、庭にまで出張所。エンドウ豆とシシトウを庭の鉢で育てることにした。トレイで育成中の長ネギの苗も順調に育っている。
 作物の種目構成が複雑になって、次々と作業が発生。新採用作物は植えには植えてもその後の手入れが分からない。前日にテキストで勉強して臨むが、いざ作業にかかろうとすると記憶が錯綜していてどの作物をどうするのだったか・・・???状態。そこで、頼りになる秘密兵器がスマホ。コメリの野菜栽培ページを開き、アイウエオ順に並んだ種目をクリックすればたちどころに栽培方法が出てくる。てなわけで着々と作業進行中。いずれ新装なった畑の全貌は空撮で。 
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5月17日(日) 雨降れば野良は休みで長電話 
 
 朝から終日の雨、野良仕事は全て休み専らのインドア、PCで歴史館の古文書WEB分館の構築開始。
 午後に集落共有林の総会があったのだが、昨日のH君から電話が入り結局1時間15分の長電話。彼、このためにわざわざLINEを入れたということで、ビデオ電話のボタンを押せと言う。生来の電話嫌いで長電話などしたことのない小生がついつい1時間超も。
 元々話し上手のH君ではあるが、どうやらビデオ電話のせいもあるようだ。顔を見ながらの会話は話しやすい。電話嫌いの原因がそれだったのかと、今になって気が付いた。
 いつも使うLINEの無料電話だが「こんなに長いビデオ電話でもホントに無料なのだろうか」と言うと、「心配するな、半分オレがもつから」と言う。「そっちからかかった電話だ、全額そっちへ行くだろう」と言ってみたものの心配になって、夕刻ドームで会ったYoumyさんに聞いてみた。やはり無料らしい。無料のサービスで成り立っている会社の仕組みがさっぱり分からない。タダほど高いものはないと言うのだが・・・。
 彼の家の窓の外の景色まで映してくれて、「ほら、家のすぐ前が馬見ヶ崎の川原だ」「あ~あの芋煮会をした川」「4人で住んだ家はもうないぞ」「何て町だっけ」「小荷駄町」「大学の裏の裸足で走った砂利道も、もうないぞ」「ああ、時々登山の行き来に通るから、あの辺りの変化はよく知ってる」などと、延々と続く。懐かしかった。無料となればビデオ電話も悪くはない。
 夕方はドームへ。今日は阿賀北山岳会只管組のチーム練習日、4人で只管走る。2週間前も土手で3日間ほどチーム練習した。やることはチームでも個人でも変わりはないのだが、たまにチームで走るのもいい。先頭を1㎞交代しながらペースを作って走る。調子がどんどん上がっていって、最後の1㎞は単独走でキロ5分半を切るペース。これまでの経験で調子の上がった時が怖い。好事魔多し、突然予想外の故障が起きて、有頂天から突き落とされる。だから、調子に乗らないよう用心用心。常に最悪の事態を想定して備える。これが危機管理の鉄則。登山びとは常に、マイナス思考。
 そういえば今朝の新潟日報に内田樹の危機管理論が載っていた。日本人が危機管理できないのは言霊の国だからとか。楽観的積極論を述べていればそれが言霊となって実現すると日本人は思っているのだとか。確かに悲観的消極論は他から嫌われる。ある登山家曰く、大学の山岳部でボクは常に嫌われていたと。その原因は自分がマイナス思考だから。で、プラス思考の仲間は多く冒険挑戦の過程で落命し、自分が今こうして生き残ったのはマイナス思考のせいだと。我ら阿賀北山岳会も常にマイナス思考。
 プラス思考を好むのは、言霊信仰の国民性などではない。集団力学でみな景気のいい方になびくから。お調子者の先棒担ぎがいて「それいけわっしょい、そうだそうだ」と時世の流れに乗る人たちが大勢いる。ただそれだけの事。あのホリエモン氏のように「ちょっと待て、よく考えてみろ」と言える自律の人が少ないこと。超長年相互扶助の社会で生きてきてほぼ習慣的に慣らされた思考停止。思想家ならもっと突っ込んだ分析をしてほしい。いや、ホリエモン氏のようにきちっと身を挺した指摘をするべきだろう。もっとも、論だけの実践無しが思想家の思想家たるところか。
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5月16日(土) 嬉しさ続く どうしたということか 
① 朝いきなりの電話、「Hだけど」「ん?」「Hだよ」「え?」「ほら、空手部いっしょの」「あ~」 学生時代、HとTとMと4人で一軒家を借りて合宿生活した仲間。卒業後も結構会っていて、最後に会ったのは新宿高層ビルの彼の本社と夜の居酒屋、あれから40年にもなるだろうか。その後、宗教活動に専念するのだとかで音信を絶ったきり。元気だったのが嬉しくて、懐かしくて。夜床に就いたら電話の声がよみがえり、目に浮かんだのは、なぜかHが実家から持ってきた米から這い出るコクゾウムシ。それと、Tの所かまわぬ放屁、Mの作るトンカツやホットケーキの匂い。とりとめもなく思い出されて、懐かしくてつい涙が出た。このHPのURLを知らせておいたら、早速、「見た」と写真添付のメールが来た。うまい具合に年老いたものだと、自分のことは棚に上げて感心して眺めた。我家の近くのR113をよく通るのだとか。近々多分寄ってくれるだろう。楽しみだ。
② 午前中はいつも山林の藪刈払い。今日はNaruさん夫妻が遊びに来た。ユキザサの花が咲いたからと山野草好きの奥様に電話して無理に誘ったのだ。Okkaaを入れて4人で山林のお茶会。Naruさんの奥様とも何年ぶりか。ドローンで空撮しようと飛ばしたのだが、レンズ防護キャップを外すのを忘れていて、映像はオジャン。コーヒーを点てるのにドリッパーを忘れて2人がかりでフィルターを手で持ってもらって入れたり、この頃物忘れが多い。Okkaaの方はもっと多い。写真は、ユキザサ2枚とフタリシズカとタニウツギ・ヤブデマリ、ほかにホウチャクソウの群落など、今が盛り。
③ コロナ禍が収束し始めて、歴史館が再開した。早速、様子見がてらお祝いに駆け付けた。「久しぶりの再開に大入りで駐車場が満杯かと思ったけど」と言うと、Unq館長さんニヤリともせず「ウン、ついさっきまでそうだったんだ」だって。学芸員のTamuちゃんは相変わらずにこやかで、手ぶらで行ったのにコーヒーを出してくれたり、大好物のブルボンルマンドの新製品までごちそうになったり。今度、綿野舞のHPに歴史館の古文書分館を立ち上げることで話が成った。只今構築中なので、完成をお楽しみに。
④ ドームも再開した。閉鎖中は気候が良いこともあって専ら土手Run。午前山林、午後畑、夕Runの毎日、StayHomeのお陰というと叱られるかもしれないが、今月はすでにトータル100㎞を超えた。今日は幸い?の雨で、早速ドームで10㎞走。この日を待っていたドーム愛好者も集まって嬉しそうな顔。2m離れての雑談に盛り上がること。
 嬉しいことが続いたこの日、どうしたということか。こんな日もあるにはあるさ、ということか。つい気分がよくなって、「綿野舞の記」をなるべくこまめに更新することにした。ついでに、その日のRun距離も書いていく。 
今日のRun 10㎞  今月のトータル 111㎞  ページのTOPへ
5月3日 大きな桜の木の下で 
息子がドローンを持ってきたのが昨年5月の連休。一年ぶりに山林の大桜を撮ってみた。コロナの渦で息子夫婦は来たくても来られず山菜を採って送ったのだが、この日の大桜の空撮花吹雪も送ってやろうと思っての撮影。やってみると、ドローン撮影もなかなか面白い。それで、本格的にやってみようと思って、まずは「林の記№1…5月-大きな桜の木の下で」と題してYouTubeにUPした。今後、不定期的にUPしようと№を打った。山林だけでなく畑、庭もやってみようと思っているし、もちろん山の記もドローンを駆使してみたいと思っている。できれば、只管組が走る土手の様子なども空撮してみたい。などと欲が湧き、まずはドローンの予備バッテリーやら運搬バックやらを購入した。「綿野舞の記」も少々マンネリ気味なので、この辺で新味を入れないと。ということで、今後にご期待を。
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4月25日 ひそやかに誰も居ぬ山ひそやかに ⇒「山の記」へ
三密を避けよがいつの間にか外出自粛になって今はStayHome家に居よ出るな‼ ついには、山は我慢しようと言いだす登山家。いかにもお先棒担ぎらしいこの人物にホリエモン氏がかみついたという。「人気の山に行かなきゃいいだけだろう」と。思考停止状態で「そうだそうだ」と大方の流れに阿る今の状況は怖い。世を誤らせたのは多くこういう状況。だから、待て‼ 意味を考えよと愚流に水差す存在は貴重だ。間隔2m以上換気徹底だったはず。それを忘れて十把一絡げ。ひと気のない安全な山はいくらでもある。家弁当を持っていけばコンビニだって寄らずに済む。いや、登山でなくてもコンビニだってスーパーだって必要だ。こんな時こそ、一人一人自律した思考が欲しいと心底思う。
さて、ここは日本平山。川内山塊の一つ、奥山秘境。途中ですれ違ったのは3人。「今からだと山頂は無理でしょう、時計を見て途中で引き返した方がいいですよ」と気遣ってくれた2人組と、かんじきの踏み跡を残してくれた1人。「トレースをありがとうございます」と声をかけたら、「いやー」と頭に手を当てて照れたふう。いずれも爽やかな感じのいい若者たち。独立自尊、自律しているではないか。若者の忠告通り、山頂へ水平距離で600m手前、標高1000m付近で登頂は諦め、引き返した。お陰で、急ぐ必要も焦る必要もなく、飯豊連峰の眺望抜群の雪の稜線歩きをたっぷり楽しんで、日没前に下山できた。「HPに載せたら、”こんな時に山へ登ったらダメだろう”と袋叩きに逢うかな」とUnqさんに言ったら、「それほどの閲覧者はないでしょうに」と、冷たく言い放たれた。さもありなんか。詳細は「山の記」に。
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4月15日 桜土手走る 耳にはNorahJones 
若い頃は盛夏の季節が好きだった。が、いつの頃からか桜の季節が一番好きになった。土手を走るようになってからかもしれない。コロナのせいでマラソン大会は全て中止。モチベーションが下がって苦しい練習はする気にならず、近頃はLSDばかり。LongSlowDistance、10㎞をゆっくりフルマラソンのペースで走る。イヤホンに流すのはノラ・ジョーンズ。ゆっくりのテンポがゆっくりの走りにマッチする。たまにドームでペースを上げるときはベンチャーズでテンションを上げるが、土手を走るときはほとんどノラ。特に今日のように花見Runにノラの曲はぴったり。アマゾンの聞き放題、今月から息子がファミリー設定してくれたので、これまでの月額780円が無料になった。土手には身体を傾けないと前に進みにくい程度の少し強い風が吹いていた。それでも、桜の花びらは散りもせず、どこ吹く風と枝をゆらして凌いでいる。受粉が終わるまでは、絶対に花びらは散らさない。強い意思を感じる。いつかTVで植物学者だという人が、植物はあらかじめ設定されたプログラムに従って自動的に変化しているのだなどと得々と語っていたが、そんなことは絶対にない。植物を育ててみればすぐに分かる。多分、この人にとって植物は単に飯のタネなのだろう。生命体への畏敬の念などみじんもない。fake scholerとはまさにこのこと。などと、結構様々なことを思いながら走る。国道を挟んで土手と反対側の歩道の桜並木の下を駆け抜けていくランナーと交差した。ああ、ここにも優雅なランナーがいると思っていたら、ドームに戻ってきたその人がなんとUnqさん。どうしても今日は桜の下を走りたかったのだと言う。毎日TVは死者の数。世界大戦さながらの態。桜の下を走る身との落差。日常が過ぎていく。
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4月14日 古道ゆく 峠越えれば春の花  ⇒「山の記」へ
歴史館の古道探索、道なき道の藪漕ぎは結局ダニとヒルの猛攻に如何ともし難く、撤退となって今年は旧米沢街道の十三峠を全踏破する企画になった。次の土曜日18日はその一回目で、越後側からの第一峠・鷹巣峠と第二峠・榎峠を越える。今日はそのための下見。当日、館長代理を務める学芸員のTamuちゃん、張り切って新調した登山靴を履いてきた。その日に備えてウォーキングも欠かさなかったとか、見上げた職業魂というもの。その甲斐あってか、下見も峠二つ快調ペースで越えた。この季節、峠の道は明るく、行く先々に春の花が待っていてくれた。カタクリ、ショウジョウバカマをはじめ、ヤマザクラに、モミジバイチゴに、テングスミレに、イカリソウに、ヤマネコノメソウ、まだ蕾ながらオオイワカガミの大群落、予想外だったのはヒトリシズカの群落。まだ咲き始めたばかりで葉の間からちょこんと出した頭が愛らしい。もっと意外だったのは、ルリソウ。村内の山中で一ヶ所だけ見たことがある、滅多に遇えない花。それが道端に群落になって咲き誇っていた。どこにあったかは、ナ・イ・ショ。でも、ルリソウを含めた花の画像などは「山の記」にアップしてあります。とまれ、18日はTamuちゃんのデビュー戦、どうか晴れますように。あ、バスはまだ乗れるかもしれません。歴史館へ℡どうぞ。ただし、村内在住者限定です。村外の古道愛好者の方々には心苦しい限りですが、悔しいことに、こんな楽しい山歩もコロナの渦に巻き込まれているのです。 
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4月12日 山ゆけば ブナの小径にイワウチワ ⇒「山の記」へ
高坪山、標高570m。蔵王ルートと虚空蔵ルートを周回する定番コースを積雪期以外に歩くのは10年ぶり。あまりに見事に整備された登山道に驚いた。まるで公園の遊歩道のよう。まっすぐ天に昇る階段道、スラリと伸びたブナの美林、色柔らかなショウジョウバカマにイワウチワ、日本海、飯豊、朝日の展望。低山とは言え、何とも魅力ある山。とりわけこの時期は、ブナをはじめ木々のミドリ芽が動き始めた時で、林間は明るく、まことに爽やかな山歩を楽しめた。登山口には予想外の車があり、途中すれ違うのは意外にも若い衆。山頂についたら、反対コースから若い家族連れが楽しそうに上がってきた。山にコロナはいない。健康な喜びの顔。こちらまで嬉しくなる。山はやはりいい。今日は、次の日曜に開かれる公民館登山の下見。午前中は江浚い(用水路の清掃共同作業)があって、午後から下見に来た。3時間ほどの急行山歩。当日は登山初心者対象の事業だから、この倍の時間をかけてゆっくりと山を楽しんでいただく。今日のように絶好天だといいのだが、山を楽しめるかどうかは天候次第。下見はいつも絶好天の日、予報を見て、そんな日を選んでいるのだから当然と言えば当然。本番はそうはいかず、運次第。さてどうなるか、コロナの渦に巻き込まれて中止などということには絶対にしたくない。追加の写真を「山の記」に載せました。
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4月8日 作物に使われる身の嬉しけれ 
人類の不幸は農耕文明を手に入れてから始まったと、ホモサピエンスとかいう書物に書いてあるらしい。以来、人間は農作物に使われる身になったのだとTVの解説を聞いた。本格的に畑作をやり始めて10年の経験からすれば、その説に納得できる気もする。草をとっているOkkaaの隣に育っているニンニクだってラッキョウだって、世話してもらって当然という顔をしている。今日、ジャガイモの植付を終えた。先月27日に耕作を開始して、その後寒気が続いたので今日まで待っていた。今年はこれまでで最少の3畝にして、長年必ず作ってきたダンシャクは止め、メイクイーンとキタアカリの2種類だけにした。こっちは、こうやって育てているつもりでも、こいつらにしてみれば人間に世話させているつもりなのだろう。どっちもどっち、見方を変えれば違う世界が見えるということか。隣の親切なお婆さんがやってきて菜っ葉を採って、くれてくれた。いつも何かにと頂いている。とりわけ春の菜は美味しい。今年は少しこまめに畑に通って、葉菜類も育ててみようかと思っている。土手の桜は今が見ごろ。こんな気持ちの良い気分になれるなら、作物に使われる身だとしても、それもまたよし。そもそも、我が身自体、60兆の細胞諸君の総意によって動かされている仕組みなのだから、今更何をかいわんやというものだ。 
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4月4日 戦友にすまぬと捧ぐNiniRosso 
長年愛用のLA SPORTIVA 底が減って軽アイゼンなしでは滑って歩けなくなった。この日スポーツ店で張替えを頼んだら6~8週間かかるという。その間の代替に安靴を探そうと陳列棚を物色したら、目はどうしても高級靴の方へいく。SCARPAを手に取って眺めていたら、店員氏が寄ってきて、その隣のが張替える靴の後継モデルだと言う。試しにどうぞと靴下を差出す。ならばと履いてみたら、これがなんと我が足にピタッと吸い付いて離れない。張替え値段も結構高い。長年激闘を共にした靴で一度張替えているし、水も浸透するようになっているし、各所擦切れているし、う~んこの際買換えるかと、急遽張替え注文をキャンセル。まんまと店員氏の作戦に引っかかった格好になった。帰り際、「この靴どうします?」と彼氏問う。「持って帰って飾っておくさ」と答えると、「そうですね、戦友ですものね」と、泣かせるセリフ。「ああ、各地転戦の戦友、大キレットも渡った靴だからね」小声でつぶやいて店を出た。2011年からの戦友、九州に四国に東北に南北中のアルプス、去年SCARPAの冬靴を使うまでは、厳寒の蔵王もこの黄色い靴で通した。ごめん、もう君を連れて高山へ行くことはないだろう。車庫の靴棚に古い登山靴やランニングシューズと並んで、リタイヤ組だ。時々車からNiniRossoのトランペットを流して君のこれまでの激闘を称えたいと思う。悪いけど、ボクはもうしばらく君の後継を伴って高山へ向かうつもりだ。老兵は死なず消え去りもせず、お互いに。
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3月29日 葡萄鼻 みんなで登ればこわくない  ⇒「山の記」へ
「こわい」とは難儀とか辛いとかの意で、この辺りでは「こーぅえー」というふうに使う。方言だと思っていたら、漢字で「強い」と書いて立派な日本語のようだ。葡萄鼻山は、地図上に登山道はなく、標高こそ800m程度ながら最大斜度30度の斜面を登るかなり険しい「こーぅえー」山だ。「せきかわ冒険王クラブ」を名乗る老若男女のこの一行総勢19名、縦一列になって雪山を歩き、急斜面を這い上がって山頂に達し、今、意気揚々と下山してきた。最若年は小学2年生、最高齢は87歳。ゆっくりとみんなで励ましあえば、どんな山だって登れるよと言ったのは確か故田部井さん。今歩いているここは、「梁山泊」と名付けられた山小屋の近くで窪地状の平坦地、地元では「シカバ平」と呼ぶという。ここだけ周囲と植生が異なって、立派なダケカンバが並ぶ林となっている。標高500m少々のところでダケカンバの林は珍しいらしい。ダケカンバの別名はソウシカンバ。草紙樺と書く。シカバはその後半をとったのだろう。それにしてもだ、冒険王といい梁山泊といい、何とも大仰な名称。気宇だけは壮大といったところだろうか。すべてにおいて慎ましやかを好む小生としては少々辟易の感がしないでもない。ま、春の雪山をたっぷりと楽しんでもらえたのだから、案内人としてはそれで良しとしよう。続きは「山の記」でどうぞ。
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3月27日 春耕のエンジンの音 土の香や  ⇒「畑の記」へ
午後からは雨だというので午前がチャンスと大急ぎで畑へ。長ネギの苗床を作って種を蒔いた。玉ネギの苗つくりで失敗した原因は、離れた畑で保水管理に難があったから。だから長ネギの苗は庭で育てることにして、育苗トレイと専用培土を買ってきて25日に種を蒔いた。それでも、2袋買った種が半分ほど余ったので、この日、畑にも苗床を作った。ついでに、ジャガイモ用の畑に石灰を撒いて耕起。これまでで最も早い春耕となった。隣の親切なお婆さんも長ネギの種は蒔いた様子だが、まだ春耕には至っていないふう。この辺りでは一番乗りになったようだ。毎年の事ながら、このときのヤンマーポチ号のエンジンは軽快で、掘り起こされる土の香りが心地よい。
昨日は山から帰って、午後は庭の雪囲い外し。この日の午前は畑。さすがにクタクタになって午後はずっと昼寝。グターとしていると夕方Unqさんが29日の山行計画を持ってきた。昼前、畑の帰りにちょこっと歴史館に立ち寄ったのだが、Unqさんは昼休みに庭園でバドミントンの練習をするのだとかで、ソワソワの態。Tamuちゃんから古文書のコピーをもらった。それがまた珍しく赤字で書かれた文書で、104歳の長寿者への褒美の書。米10俵と絹1疋を賜ったのは岩船郡川内村の仁蔵さん。Unqさんの御母堂の実家の村。奇しき御縁というべきか。明治元年の触書の解読は、難字難語で行き詰って停止中。雨でも降らなければ取り掛かれない。しばらくは畑、庭、林、そして山。まずは「畑の記」でも、どうぞ。
 
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3月26日 葡萄鼻 ふた月空けて5年ぶり  ⇒「山の記」へ
葡萄鼻とはまた妙な名の山が、我家からやや東寄りの南方に見える。山頂がほぼ平らに長い屏風の形で、葡萄とはこの地形に由来するらしい。鉱物を精選する炉を置くに都合の良い地形ということで、鉱山には葡萄の名が多いという。この山の中にも古い銅鉱山がある。5年前にスキーを担いで登って滑り下った山。3日後に公民館行事でこの山にマンサクを見に登る。それで急遽下見に行こうとUnqさんからの誘い。丸丸2ヶ月、山をサボった身としては待ちに待った日到来。天気は抜群、絶好のこの日にもったいないことに、Unqさん、午後から会議で昼までには戻らなければならない。5年前の記録では、登り4時間半、下り3時間半。そこを登り2時間、下り1時間半でピストンすると言う。年寄りがついてきたせいで会議に遅刻したなどという不名誉な事態だけは何としても避けなければならない。それに何しろ2ヶ月ぶりの山、足が嬉しくて嬉しくて飛ばす飛ばす。肝心の目的を忘れて只管登ることに夢中になっていたら、後方から「あった!あった!」と大声。山頂間近になって開花中のマンサクを見つけたのだ。そう、これを確かめるのが下見の目的。すっかり忘れてた。さすがはUnqさんというべきか。山頂の長い稜線に上がれば、快晴の絶景、朝日連峰から日本海まで大展望。もちろん飯豊も朳差も。参加を見送った二王子も光兎も。空白を埋めて余りある光景を山頂稜線の端まで歩いて見晴るかす。立ったまま、ノンアルビアで乾杯、喉を潤したらすぐにピストン下山。かくして、会議には悠々間に合い、下見の目的は果たし、なおかつ小生の心の空白を十二分に満たして帰宅、となったのでありました。詳細は「山歩紀行」改題「山の記」でどうぞ。 
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3月24日 肩の荷を下ろした気分 花を見る  ⇒林の記 ⇒庭の記
隣家の庭に見事な紅梅の木があって、ここ数日、朝風呂帰りに立ち寄っている。一昨日は雨の花見で昨日は朝陽の花見、そしてこの日は雪の花見。21日に母の49日法要と納骨を終えた。これでどうにか子の務めを果たしたような気がして、なにやらホッとした気分。昨日、祭壇を撤去してもらいようやく服喪体制解除。我家の庭の母のものだった白梅も、少々見劣りはするものの隣家の紅梅と競うように咲き始めている。山の花や山菜も気になりだして、昨日は墓参りの帰路Okkaaと山林に寄り道してみた。驚いたことに早くも山桜が咲き始めていた。フキノトウ、行者ニンニク、アサヅキ、みな初物。吾のため春の野に出て若菜摘む、春の初めはこれを食べないと始まらない。家族が一人欠けても、去年一昨年と変わらない毎日が続く。菩提寺のご住職曰く、死者は仏の血脈の一筋に連なるのだと。カンダタの縋るクモの糸はまさにそれだったのか。だとすれば、我らもいずれは母から繋がる一筋の糸に縋ることになる身。それまでは只一生懸命に生き続けるしか手はない。世はコロナの騒ぎ。どう騒ごうとも日々の暮らしは変わらない。いつの時代もそうだったと、歴史がそれを教えてくれている。雪なしの冬だったが、それだけになお春の淡雪がいい。母の名残り雪なのかもなどと思っている。なにしろ雪峰祥寿大姉などというとっておきの戒名を頂いたもので。
今年初めての「林間記」「猫額苑四季」をUP。高村薫の「土の記」を真似て改題してみました。単純ですっきりです。それぞれをclickして、どうぞ。
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3月6日 文書読む コロナ収束願いつつ 
いやはや大変なことになったものだ。1月の五頭山行途中の車中でカミュのペストがちょこっと話題になって、まさかこんな大仰なことになるとはつゆ思わず。息をひそめた様にして家籠りして、こんな時はと、せっせと古文書読み。今は、明治元年新政府発出の御触れを当時の村庄屋が書き写した文書。元年9月の改元令から始まって次々と村上民政局から出される通達。それをせっせと書き写しては村人に触れ伝える庄屋。和紙を綴じたこよりの結び目から激動の時代のにおいが立ちあがってくるような代物。いやはや大変なことになったものだなどとため息をつきながら、日々の役目を淡々と果たす当時の人々が偲ばれる。さすがの庄屋様もあまりの通達の多さに呆れたか段々と崩しが激しくなる文字の判読に、150年後のにわか文書読みは四苦八苦。これとは別に、2年前から歴史館で解読会を始めた万延元年のお伊勢参り道中記も2月でようやく伊勢に達した。開港したばかりの横浜、外国人やら蒸気船やら物珍しく見物しながら着実に歩を進める幕末上関村の5人組。激動の渦中にあっても、庶民はいつの時代もしたたかに生きる。公共施設が軒並み閉鎖された中、有難いことにドームの走路だけは村民に限ってと開放。お陰で脚トレと脳トレが保障された。そろそろ山へ登ろうか。まさか山上まではコロナも登れまい。 
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2月15日 時ならぬ春土手走る 母逝きて 
例年なら春は名のみ厳寒のこの時期、よもや春霞の土手を走ろうとは。73年も生きれば稀有の事象にも出遭えるものだ。8日、母が満98年の天寿を全うした。昨日が初七日で少し一段落して、6日ぶりのRun。我家の葬儀は父と祖父が立て続けに亡くなったのが55年前で、それ以来のこと。あれやこれやでバタバタとしているうちにあっという間に1週間が過ぎた。喪主を務めて、しみじみ思ったことがある。我が子や甥姪がそれなりの歳になっていてよく動いてくれたこと。珍しく勢揃いした彼らの成長がまず嬉しかった。そして、大勢の人々から弔っていただいたこと。ほぼ全てが親戚とムラの人、つまり家と家とのつながり。これが、何に増して有難かった。55年の間のつながりを義理堅く務めてくださる方々に頭が下がった。香典帳を作って、これは預かり帳だと家の者に宣言した。葬儀は相互扶助、家と家とのつながりで支え合っているとしみじみ思ったものだ。春の暖気の土手、走りながら73年も付き合った母に、もっと優しくしてやれなかったものかと後悔の念が湧いた。せめて、これからは周りの人々に優しく感謝しながら生きようなどと殊勝な気分になったのは、柔らかな春の気配のせいか、それとも故人となった母の教えか。
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1月26日 これほどの日があろうかと 峰の上 ⇒山歩紀行
ようやく新春初登りの恒例メンバーが集まり、再びの五頭山。ただし、今回はレベルを上げて五頭から菱ヶ岳への縦走。沿面距離11㎞、累積標高差1200m、休憩を除く行動時間7時間少々。これ以上はないだろうという絶好天に恵まれて、縦走の稜線上から絶景の大展望。眼前飯豊の白嶺は言うに及ばず、会津磐梯山はおろか、遠く尾瀬の燧ケ岳、妙高連山、さらには178㎞も離れた新潟・富山県境の雪倉岳・朝日岳まで見えたのだから、こんな日もあるのだとただただびっくり仰天。諸般の事情で半年ぶりの登山となったKeynさんの脚も絶好調。これなら夏の北岳も私のものよと口にこそ出さぬも自信は満々。詳しくは「山歩紀行」で。YouTubeにUPした動画は ⇒こちら 
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1月18日 良寛も食べただろうか この蟹の味
寺泊の宿でカニ食べ放題、30分1本勝負。阿賀北山岳会恒例になった新年会を兼ねたカニ泊旅行。新年の会長挨拶も省略していきなりのカニ合戦。テーブル毎に1人1ハイを3人全員食べ上げれば次のカニが来る仕掛け。だからチームワークが重要。手前のテーブルはチーム大キレット、チームワーク抜群。3人ほぼ同ペースで平らげてはお替りを繰り返し、結果は1人3ハイでTime is Up。前回は2ハイ半だったから記録更新。奥のテーブルチームは奥ゆかしく慎ましく、1人2ハイ食べて投了。宿の係さん曰く、これまでの記録は4ハイだと。だから、来年は新記録タイに挑戦だ。とにもかくにも、出されたカニの形のいいこと、美味いこと。1年分のカニを30分で堪能しつくした。翌朝、同じカニを留守番のOkkaaへ土産に買って帰った。Unqさんから、昨晩のカニと同じ味だった?と心配の問い合わせがあった。食傷気味の小生の舌はマヒしていたが、Okkaaの顔から判定すれば、我らが食べたカニの味をはるかに上まわる味だったこと、まずは間違いない。さて、話は戻って、帰路は三条のワールドビュッフェで昼食。これまたあれこれ食べ放題。〆はジェラート各種に生クリームかけ3カップ。これがまた美味いのなんのって。糖分の取り過ぎ要注意⁉ なんのなんの、そのためのランニングなのだから‼ …ところで、表題の良寛について。最近わけあって良寛のにわかファン。この日も行きがけ、分水の良寛記念館でにわか勉強。付け焼刃のそのわけは、いずれまた。
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1月12日 めでたくも陽射しの五頭で初登り ⇒山歩紀行
ここのところ恒例になって5年目の新春五頭山登山。5日に予定していたのが悪天で日延べしていたら、今日は陽射しの絶好日となった。ところが、日延べのせいか都合がついたのはUnqさんと私の二人だけ。ちょっと寂しい初登りとなってしまったが、その分、二人で盛大に新春初登りを祝った。久しぶりに五頭山本峰山頂まで足を延ばし、戻ってメーンルートから外れた二ノ峰に陣を取り、ノンアルビアに、タピオカヨーグルトに、ポテトチップスに、カップラーメンに、そのほかモロモロ、雪の卓上賑やかに宴を張ったのでありました。この場所でいっとき一緒になった小父さん、コーヒーを啜りながら文句たらたら。曰く、雪のない五頭山は全くつまらないと。たしかに同感ではありますが、それはそれ、陽射しの少雪五頭もそれなりに悪くはないものですぞ。新年山旅の幕開け、今年はどんな山が待っていてくれることやら、ワクワクの一年が始まりました。今日の五頭山初登りは、「山歩紀行」で。
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1月1日 初春や 1分のおつりめでたけれ ⇒只管走記
明けましておめでとうございます。今年も、元旦マラソンで新年を迎えました。年末年始は大荒れの予報に反して、レース中は青空まで見え、ロードコンディションは最適。おかげで気持ちよく完走。ゴールしたとたん、予報通りの荒れ模様。記録を見れば、目論見どおりの1時間。どんぴしゃりと思いきや、1分の余分つき。これはおつりか利息か、はたまた余得か。いずれにしろ、貯蓄に回して取り崩すのは来年。1年後の目標ができたし、今年も何やら僥倖の年になりそうな予感。めでたい一年の始まりです。皆様もそれぞれに清しく新年をお迎えのことと思います。早々に年賀状をお送りいただき、ありがとうございました。今年もWeb上からの新年ご挨拶にてご容赦の程。本年もどうぞよろしくお願いいたします。元旦マラソンの様子は、「只管走記」でどうぞ。
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