綿野舞(watanobu)2020 日々是帖

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2020
4月
4  登山靴
3月
29 葡萄鼻山
27 春耕開始
26 葡萄鼻山
24 庭と山林と
6 古文書
2月
15 土手Run
1月
26 五頭菱縦走
18 カニの宿
12 五頭山
1 マラソン

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渡辺伸栄 watanobu634@gmail.com
4月4日 戦友にすまぬと捧ぐNiniRosso 
長年愛用のLA SPORTIVA 底が減って軽アイゼンなしでは滑って歩けなくなった。この日スポーツ店で張替えを頼んだら6~8週間かかるという。その間の代替に安靴を探そうと陳列棚を物色したら、目はどうしても高級靴の方へいく。SCARPAを手に取って眺めていたら、店員氏が寄ってきて、その隣のが張替える靴の後継モデルだと言う。試しにどうぞと靴下を差出す。ならばと履いてみたら、これがなんと我が足にピタッと吸い付いて離れない。張替え値段も結構高い。長年激闘を共にした靴で一度張替えているし、水も浸透するようになっているし、各所擦切れているし、う~んこの際買換えるかと、急遽張替え注文をキャンセル。まんまと店員氏の作戦に引っかかった格好になった。帰り際、「この靴どうします?」と彼氏問う。「持って帰って飾っておくさ」と答えると、「そうですね、戦友ですものね」と、泣かせるセリフ。「ああ、各地転戦の戦友、大キレットも渡った靴だからね」小声でつぶやいて店を出た。2011年からの戦友、九州に四国に東北に南北中のアルプス、去年SCARPAの冬靴を使うまでは、厳寒の蔵王もこの黄色い靴で通した。ごめん、もう君を連れて高山へ行くことはないだろう。車庫の靴棚に古い登山靴やランニングシューズと並んで、リタイヤ組だ。時々車からNiniRossoのトランペットを流して君のこれまでの激闘を称えたいと思う。悪いけど、ボクはもうしばらく君の後継を伴って高山へ向かうつもりだ。老兵は死なず消え去りもせず、お互いに。
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3月29日 葡萄鼻 みんなで登ればこわくない  ⇒「山の記」へ
「こわい」とは難儀とか辛いとかの意で、この辺りでは「こーぅえー」というふうに使う。方言だと思っていたら、漢字で「強い」と書いて立派な日本語のようだ。葡萄鼻山は、地図上に登山道はなく、標高こそ800m程度ながら最大斜度30度の斜面を登るかなり険しい「こーぅえー」山だ。「せきかわ冒険王クラブ」を名乗る老若男女のこの一行総勢19名、縦一列になって雪山を歩き、急斜面を這い上がって山頂に達し、今、意気揚々と下山してきた。最若年は小学2年生、最高齢は87歳。ゆっくりとみんなで励ましあえば、どんな山だって登れるよと言ったのは確か故田部井さん。今歩いているここは、「梁山泊」と名付けられた山小屋の近くで窪地状の平坦地、地元では「シカバ平」と呼ぶという。ここだけ周囲と植生が異なって、立派なダケカンバが並ぶ林となっている。標高500m少々のところでダケカンバの林は珍しいらしい。ダケカンバの別名はソウシカンバ。草紙樺と書く。シカバはその後半をとったのだろう。それにしてもだ、冒険王といい梁山泊といい、何とも大仰な名称。気宇だけは壮大といったところだろうか。すべてにおいて慎ましやかを好む小生としては少々辟易の感がしないでもない。ま、春の雪山をたっぷりと楽しんでもらえたのだから、案内人としてはそれで良しとしよう。続きは「山の記」でどうぞ。
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3月27日 春耕のエンジンの音 土の香や  ⇒「畑の記」へ
午後からは雨だというので午前がチャンスと大急ぎで畑へ。長ネギの苗床を作って種を蒔いた。玉ネギの苗つくりで失敗した原因は、離れた畑で保水管理に難があったから。だから長ネギの苗は庭で育てることにして、育苗トレイと専用培土を買ってきて25日に種を蒔いた。それでも、2袋買った種が半分ほど余ったので、この日、畑にも苗床を作った。ついでに、ジャガイモ用の畑に石灰を撒いて耕起。これまでで最も早い春耕となった。隣の親切なお婆さんも長ネギの種は蒔いた様子だが、まだ春耕には至っていないふう。この辺りでは一番乗りになったようだ。毎年の事ながら、このときのヤンマーポチ号のエンジンは軽快で、掘り起こされる土の香りが心地よい。
昨日は山から帰って、午後は庭の雪囲い外し。この日の午前は畑。さすがにクタクタになって午後はずっと昼寝。グターとしていると夕方Unqさんが29日の山行計画を持ってきた。昼前、畑の帰りにちょこっと歴史館に立ち寄ったのだが、Unqさんは昼休みに庭園でバドミントンの練習をするのだとかで、ソワソワの態。Tamuちゃんから古文書のコピーをもらった。それがまた珍しく赤字で書かれた文書で、104歳の長寿者への褒美の書。米10俵と絹1疋を賜ったのは岩船郡川内村の仁蔵さん。Unqさんの御母堂の実家の村。奇しき御縁というべきか。明治元年の触書の解読は、難字難語で行き詰って停止中。雨でも降らなければ取り掛かれない。しばらくは畑、庭、林、そして山。まずは「畑の記」でも、どうぞ。
 
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3月26日 葡萄鼻 ふた月空けて5年ぶり  ⇒「山の記」へ
葡萄鼻とはまた妙な名の山が、我家からやや東寄りの南方に見える。山頂がほぼ平らに長い屏風の形で、葡萄とはこの地形に由来するらしい。鉱物を精選する炉を置くに都合の良い地形ということで、鉱山には葡萄の名が多いという。この山の中にも古い銅鉱山がある。5年前にスキーを担いで登って滑り下った山。3日後に公民館行事でこの山にマンサクを見に登る。それで急遽下見に行こうとUnqさんからの誘い。丸丸2ヶ月、山をサボった身としては待ちに待った日到来。天気は抜群、絶好のこの日にもったいないことに、Unqさん、午後から会議で昼までには戻らなければならない。5年前の記録では、登り4時間半、下り3時間半。そこを登り2時間、下り1時間半でピストンすると言う。年寄りがついてきたせいで会議に遅刻したなどという不名誉な事態だけは何としても避けなければならない。それに何しろ2ヶ月ぶりの山、足が嬉しくて嬉しくて飛ばす飛ばす。肝心の目的を忘れて只管登ることに夢中になっていたら、後方から「あった!あった!」と大声。山頂間近になって開花中のマンサクを見つけたのだ。そう、これを確かめるのが下見の目的。すっかり忘れてた。さすがはUnqさんというべきか。山頂の長い稜線に上がれば、快晴の絶景、朝日連峰から日本海まで大展望。もちろん飯豊も朳差も。参加を見送った二王子も光兎も。空白を埋めて余りある光景を山頂稜線の端まで歩いて見晴るかす。立ったまま、ノンアルビアで乾杯、喉を潤したらすぐにピストン下山。かくして、会議には悠々間に合い、下見の目的は果たし、なおかつ小生の心の空白を十二分に満たして帰宅、となったのでありました。詳細は「山歩紀行」改題「山の記」でどうぞ。 
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3月24日 肩の荷を下ろした気分 花を見る  ⇒林の記 ⇒庭の記
隣家の庭に見事な紅梅の木があって、ここ数日、朝風呂帰りに立ち寄っている。一昨日は雨の花見で昨日は朝陽の花見、そしてこの日は雪の花見。21日に母の49日法要と納骨を終えた。これでどうにか子の務めを果たしたような気がして、なにやらホッとした気分。昨日、祭壇を撤去してもらいようやく服喪体制解除。我家の庭の母のものだった白梅も、少々見劣りはするものの隣家の紅梅と競うように咲き始めている。山の花や山菜も気になりだして、昨日は墓参りの帰路Okkaaと山林に寄り道してみた。驚いたことに早くも山桜が咲き始めていた。フキノトウ、行者ニンニク、アサヅキ、みな初物。吾のため春の野に出て若菜摘む、春の初めはこれを食べないと始まらない。家族が一人欠けても、去年一昨年と変わらない毎日が続く。菩提寺のご住職曰く、死者は仏の血脈の一筋に連なるのだと。カンダタの縋るクモの糸はまさにそれだったのか。だとすれば、我らもいずれは母から繋がる一筋の糸に縋ることになる身。それまでは只一生懸命に生き続けるしか手はない。世はコロナの騒ぎ。どう騒ごうとも日々の暮らしは変わらない。いつの時代もそうだったと、歴史がそれを教えてくれている。雪なしの冬だったが、それだけになお春の淡雪がいい。母の名残り雪なのかもなどと思っている。なにしろ雪峰祥寿大姉などというとっておきの戒名を頂いたもので。
今年初めての「林間記」「猫額苑四季」をUP。高村薫の「土の記」を真似て改題してみました。単純ですっきりです。それぞれをclickして、どうぞ。
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3月6日 文書読む コロナ収束願いつつ 
いやはや大変なことになったものだ。1月の五頭山行途中の車中でカミュのペストがちょこっと話題になって、まさかこんな大仰なことになるとはつゆ思わず。息をひそめた様にして家籠りして、こんな時はと、せっせと古文書読み。今は、明治元年新政府発出の御触れを当時の村庄屋が書き写した文書。元年9月の改元令から始まって次々と村上民政局から出される通達。それをせっせと書き写しては村人に触れ伝える庄屋。和紙を綴じたこよりの結び目から激動の時代のにおいが立ちあがってくるような代物。いやはや大変なことになったものだなどとため息をつきながら、日々の役目を淡々と果たす当時の人々が偲ばれる。さすがの庄屋様もあまりの通達の多さに呆れたか段々と崩しが激しくなる文字の判読に、150年後のにわか文書読みは四苦八苦。これとは別に、2年前から歴史館で解読会を始めた万延元年のお伊勢参り道中記も2月でようやく伊勢に達した。開港したばかりの横浜、外国人やら蒸気船やら物珍しく見物しながら着実に歩を進める幕末上関村の5人組。激動の渦中にあっても、庶民はいつの時代もしたたかに生きる。公共施設が軒並み閉鎖された中、有難いことにドームの走路だけは村民に限ってと開放。お陰で脚トレと脳トレが保障された。そろそろ山へ登ろうか。まさか山上まではコロナも登れまい。 
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2月15日 時ならぬ春土手走る 母逝きて 
例年なら春は名のみ厳寒のこの時期、よもや春霞の土手を走ろうとは。73年も生きれば稀有の事象にも出遭えるものだ。8日、母が満98年の天寿を全うした。昨日が初七日で少し一段落して、6日ぶりのRun。我家の葬儀は父と祖父が立て続けに亡くなったのが55年前で、それ以来のこと。あれやこれやでバタバタとしているうちにあっという間に1週間が過ぎた。喪主を務めて、しみじみ思ったことがある。我が子や甥姪がそれなりの歳になっていてよく動いてくれたこと。珍しく勢揃いした彼らの成長がまず嬉しかった。そして、大勢の人々から弔っていただいたこと。ほぼ全てが親戚とムラの人、つまり家と家とのつながり。これが、何に増して有難かった。55年の間のつながりを義理堅く務めてくださる方々に頭が下がった。香典帳を作って、これは預かり帳だと家の者に宣言した。葬儀は相互扶助、家と家とのつながりで支え合っているとしみじみ思ったものだ。春の暖気の土手、走りながら73年も付き合った母に、もっと優しくしてやれなかったものかと後悔の念が湧いた。せめて、これからは周りの人々に優しく感謝しながら生きようなどと殊勝な気分になったのは、柔らかな春の気配のせいか、それとも故人となった母の教えか。
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1月26日 これほどの日があろうかと 峰の上 ⇒山歩紀行
ようやく新春初登りの恒例メンバーが集まり、再びの五頭山。ただし、今回はレベルを上げて五頭から菱ヶ岳への縦走。沿面距離11㎞、累積標高差1200m、休憩を除く行動時間7時間少々。これ以上はないだろうという絶好天に恵まれて、縦走の稜線上から絶景の大展望。眼前飯豊の白嶺は言うに及ばず、会津磐梯山はおろか、遠く尾瀬の燧ケ岳、妙高連山、さらには178㎞も離れた新潟・富山県境の雪倉岳・朝日岳まで見えたのだから、こんな日もあるのだとただただびっくり仰天。諸般の事情で半年ぶりの登山となったKeynさんの脚も絶好調。これなら夏の北岳も私のものよと口にこそ出さぬも自信は満々。詳しくは「山歩紀行」で。YouTubeにUPした動画は ⇒こちら 
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1月18日 良寛も食べただろうか この蟹の味
寺泊の宿でカニ食べ放題、30分1本勝負。阿賀北山岳会恒例になった新年会を兼ねたカニ泊旅行。新年の会長挨拶も省略していきなりのカニ合戦。テーブル毎に1人1ハイを3人全員食べ上げれば次のカニが来る仕掛け。だからチームワークが重要。手前のテーブルはチーム大キレット、チームワーク抜群。3人ほぼ同ペースで平らげてはお替りを繰り返し、結果は1人3ハイでTime is Up。前回は2ハイ半だったから記録更新。奥のテーブルチームは奥ゆかしく慎ましく、1人2ハイ食べて投了。宿の係さん曰く、これまでの記録は4ハイだと。だから、来年は新記録タイに挑戦だ。とにもかくにも、出されたカニの形のいいこと、美味いこと。1年分のカニを30分で堪能しつくした。翌朝、同じカニを留守番のOkkaaへ土産に買って帰った。Unqさんから、昨晩のカニと同じ味だった?と心配の問い合わせがあった。食傷気味の小生の舌はマヒしていたが、Okkaaの顔から判定すれば、我らが食べたカニの味をはるかに上まわる味だったこと、まずは間違いない。さて、話は戻って、帰路は三条のワールドビュッフェで昼食。これまたあれこれ食べ放題。〆はジェラート各種に生クリームかけ3カップ。これがまた美味いのなんのって。糖分の取り過ぎ要注意⁉ なんのなんの、そのためのランニングなのだから‼ …ところで、表題の良寛について。最近わけあって良寛のにわかファン。この日も行きがけ、分水の良寛記念館でにわか勉強。付け焼刃のそのわけは、いずれまた。
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1月12日 めでたくも陽射しの五頭で初登り ⇒山歩紀行
ここのところ恒例になって5年目の新春五頭山登山。5日に予定していたのが悪天で日延べしていたら、今日は陽射しの絶好日となった。ところが、日延べのせいか都合がついたのはUnqさんと私の二人だけ。ちょっと寂しい初登りとなってしまったが、その分、二人で盛大に新春初登りを祝った。久しぶりに五頭山本峰山頂まで足を延ばし、戻ってメーンルートから外れた二ノ峰に陣を取り、ノンアルビアに、タピオカヨーグルトに、ポテトチップスに、カップラーメンに、そのほかモロモロ、雪の卓上賑やかに宴を張ったのでありました。この場所でいっとき一緒になった小父さん、コーヒーを啜りながら文句たらたら。曰く、雪のない五頭山は全くつまらないと。たしかに同感ではありますが、それはそれ、陽射しの少雪五頭もそれなりに悪くはないものですぞ。新年山旅の幕開け、今年はどんな山が待っていてくれることやら、ワクワクの一年が始まりました。今日の五頭山初登りは、「山歩紀行」で。
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1月1日 初春や 1分のおつりめでたけれ ⇒只管走記
明けましておめでとうございます。今年も、元旦マラソンで新年を迎えました。年末年始は大荒れの予報に反して、レース中は青空まで見え、ロードコンディションは最適。おかげで気持ちよく完走。ゴールしたとたん、予報通りの荒れ模様。記録を見れば、目論見どおりの1時間。どんぴしゃりと思いきや、1分の余分つき。これはおつりか利息か、はたまた余得か。いずれにしろ、貯蓄に回して取り崩すのは来年。1年後の目標ができたし、今年も何やら僥倖の年になりそうな予感。めでたい一年の始まりです。皆様もそれぞれに清しく新年をお迎えのことと思います。早々に年賀状をお送りいただき、ありがとうございました。今年もWeb上からの新年ご挨拶にてご容赦の程。本年もどうぞよろしくお願いいたします。元旦マラソンの様子は、「只管走記」でどうぞ。
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