山の記 2020
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8月23(日)・24日(月) 天空の花道歩く 頼母・朳
頼母木山1730m朳差岳1636.4m 新潟県関川村・胎内市 地理院地図は→こちら
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24日の頼母木山山頂。カメラを地面の石の上に置き、朳差岳をバックに狙ってオートタイマーで撮った。左隅下に昨夜テント泊した頼母木小屋が辛うじて入っていた。それも、晴れ渡った空と合わせて僥倖と言うべきだろう。もっと僥倖だったこと、それは、脊柱管狭窄症による坐骨神経痛で10mも歩けなかった身が、名医2人のお蔭で薬効あらたか、こうやってテント荷を担いでここまで来れたこと。
激痛は、ある夜、突然やってきた。まるで交通事故。以来、痛みの深刻度は、日を追って波打ちながら場所を変え激しさを増す。何の因果かと、天を恨むほど。人はこうなって山やマラソンをやめていくのかと、自分にもいよいよその時が来たのかと、半分覚悟、半分慰め。
診療所の名医から専門医へ行くよう、紹介状をもらっていた。手術の名手のうわさ、それが怖くて1週間ほど逡巡した。が、苦痛堪らず、逃れられるのなら手術でもなんでも切り刻んでくれと、半分ヤケになってその専門医へ。10年前なら手術ですが、今はいい薬が開発されていますと丁寧な説明、ここにも名医がいた。祈る思いで一服、その夜からあれほどの痛みがスーッと消えた。すべて自分の努力の外、これが僥倖でなくてなんだろう。
回復のテストは朳差岳にしたいと思いながら、少しずつ筋トレ、ランニング。今回、そのテスト日。同行はチーム大キレット・奥黒部・悪沢赤石。どうやら何とかスレスレ合格点。僥倖の極めつけはやはり、いい山友に出会えたこと。
 渡辺伸栄watanobu
ここの所ずっと泊登山は営業小屋利用が続いたから、60ℓ縦走ザックを担ぐのは久しぶり。ずっしりと重いと思ったら、Unqさんの荷重はその倍、Youmyさんのザックには冷凍の生肉やら野菜やらこれまたずっしり。
左前方が鉾立峰。朳差岳へ行くには必ず越えなければならない、右側のあの斜面、反対側に同じくらいの斜面がある。右前方が大石山、と思っていたら、あれはダマシで、本当の大石山はその奥にあった。
私とYoumyさんのシャツの色が同じのは、このポロシャツが今年から我らの会のユニホームになったから。胸には、阿賀北山岳会と刺繍が入っている。もう一色水色のがあって、それは古道歩きのスタッフ用。どちらも、私は普段着にしている。
大石山の分岐まで登れば、飯豊連峰の主稜線になる。そこはいつも、と言っても夏山に限るが、天空の花の道。今回も百花繚乱の態。この時期に眼立つのは、この花、タカネマツムシソウ。Unqさんは花びらの形が一枚一枚違って一つとして同じ形のものがないと、覗き込んでは妙に感心していた。そう言われれば確かにそうだ。コゴメグサも今が盛りと咲いていた。飯豊連峰のはマルバコゴメグサという特産種らしいが、何種かあるコゴメグサ、とくによくあるミヤマコゴメグサとの違いはよく分からない。この稜線で見たコゴメグサの葉はみな尖っているように見えた。最近、花の細かい違いはどうでもよいような気になっている。歳のせいだろうか、それとも、山でまた会えた喜びだけで十分だと思うからだろうか。
軽荷の人たちは、頼母木山ピストン日帰り予定でさっさと追い抜いていく。我らは、たびたびその人たちから、飯豊縦走ですかと声をかけられた。以前来た時もそうだった。考えてみれば、避難小屋泊にしろテント泊にしろ1泊と縦走と、荷はそれほど違わない。今背負っている荷に乾燥食料を何食分か加えるだけ。主稜線でそれに気づいたら、無性に縦走したくなった。
1日目の行程は、頼母木小屋まで。ゆっくり目に歩いてきたが、13時には到着した。それ以後は、ここでの~んびりと過ごす。来る途中ですれ違った人が、今年は小屋でビールは売らないのだと教えてくれたが、これも僥倖というか、小屋番の人が知人で、ビール、コーラを譲ってもらった。ただ、ノンアルビアはどこの山小屋にもないから、1缶担いできた。小屋で買えなければ、この貴重な1缶を3人で分けるところだった。もしそうなれば、終生語り継がれる美談になったのにと、ビール片手にUnqさんが笑う。
時間に余裕があるから、夕食は山メシでなく、まるでキャンプ。水が豊富な頼母木小屋ならで、ソーメンをザブザブと流水で洗う。Youmyさんのザックから出てくる肉、魚、野菜、諸々。私が担いできた共同食は、サバ缶1個。
ここの所営業小屋の食事が多かったから、それ以前に、テント泊や避難小屋泊していた頃の食糧が結構残っていた。賞味期限はとっくに過ぎているが、カレーメシとか、何とかスープとか、それらをこの際だからと持ってきて、翌日の行動食にした。結構いけた。
頼母木小屋前のテント場の夕景、右手先に明日行く朳差岳のシルエット。ここに1人テントを張ったのは、もうずいぶん前になる。下界から上がってくる花火の音を聞きながら飲んだテントのビール、美味かったなー。山はいいなー。
2日目、テントをそのままにして、頼母木山の山頂へ向かう。まるで、朝日のあたる家そのもの。朝日楼は暗い歌だけど、ベンチャーズのあの曲はなぜか明るく感じた。今、朝日のあたる頼母木小屋を見て、ベンチャーズのあの曲を思い出している。老人の時間は、時々しょっちゅう過去へ向かおうとする。意識して、前に向かせるようにしないと、未来は開けない。
それにしても、ここから朳差岳へ向かう稜線、何回見てもきれいだなー。朳の小屋も見えている。 
頼母木山山頂。小国盆地方面は分厚い雲海。ドローンを飛ばして、山頂を横方向から狙って撮った。頼母木山までくれば、飯豊特産のイイデリンドウが咲いているのだが、今年はもう咲く時期は終わったらしい。1輪も見つけれなかった。ま、いいさ、また次の機会だ。
これも山頂上空のドローンから。足下の稜線道がずっと朳差岳まで続いている。これから、この道を辿って朳差岳まで歩く。途中に鉾立峰がつっ立っていて、あそこを乗り越えるのが一苦労。今回は大石山分岐に荷を置いて軽荷になるから、多少気は楽。それにしてもいい稜線、いい道。これまでもう何回歩いただろう。これからもう何回歩けるだろう。 
鉾立峰に向かう。小国盆地側の雲海がガスになって稜線に上がってきた。陽射しを防いでくれて、いい感じ。鉾立峰へは、最低鞍部から標高差152mの一気登り。帰りもだ。だから、このミストはありがたい。 
トリカブトもいくつか種類があるが、多分、ミヤマトリカブトだろう。この花も今が盛り。きれいな色と複雑な形をしている花。きれいな花には毒がある。 トゲより怖い。
ここはいつ来ても、百花繚乱、千紫万紅。朳差岳の避難小屋前の広場。ガスが広がって、下界の眺望は叶わないが、直の陽射しがないのはこの時期、助かるというもの。花も湿気を喜んでいる。
広場に咲く、ハナイカリ。特に高山の花というほどのものでなく、山地の、ある所には普通にある花らしいが、我らの住む地域ではめったに見れない。何年か前、ここに来た時、この花の存在をUnqさんから教えてもらった。あれ以来の花、またここでこの花に会えた。 
朳差岳山頂で再びドローン空撮。ここからだと、我が関川村もよく見えるはずなのだが、ありがたいガスもここでしばらく晴れてくれるほどの僥倖にはならなかった。この後ガスが山頂まで吹き上がってきて、さすがの名機もずいぶん風にあおられていた。関川村遠望撮影は諦めた。ま、いいさ、また次があるから。
頼母木小屋で譲ってもらったコーラをここまで担いできて、3人で回し飲み。残念ながら、ノンアルビア1缶で期待したほどの美談にはならなかったようだ。それでも、Youmyさんが切るシャッターに、タイミングよくキアゲハが入ってくれたことをもって、すべてよしとしよう。
この後は、大石山分岐に戻って腹ごしらえの後、重荷を背負いなおして足ノ松尾根を一気下り。登山口に着いて、久しぶりにへたり込んだ。トレーニングを始める以前の状態に戻ったよう。しばらく休憩して気持ちを立て直し、シャトルバスは土日休日だけなので、登山口から奥胎内ヒュッテまで1時間の林道歩き。
Unqさんに、病み上がりにしては頑張ったといわれて、自分はそうだったのかと首を傾げた。神経痛は症状であって、病気ではないのだ。オレを病人扱いしないでくれ~。せめて故障上がりくらいにしておいて。
とまれ、テストは合格。同行のお二人には、いつも感謝なのだが、今回のその思いはまた格別に深い。
<コースとタイム>
1日目(8/23) 奥胎内ヒュッテ発(シャトルバス)5:20-5:32足ノ松尾根登山口発5:42-11:18大石山分岐11:51-12:59頼母木小屋着
2日目(8/24) 頼母木小屋発6:09-6:42頼母木山山頂7:12-7:34頼母木小屋8:04-8:47大石山分岐9:03-10:30朳差岳山頂10:50-12:06大石山分岐12:40-17:15足ノ松尾根登山口17:21-18:30奥胎内ヒュッテ駐車場着
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Unqさんの山行記と合わせると当日の様子がよくわかります。それで、下にリンクを張りました。見比べると面白いです。 
Unqさんの山行記 8/23朳差岳①頼母木小屋まで      Unqさんの山行記 8/24朳差岳②