大文字山登山の画像をスライドショーにしてYouTubeにUPしてみました。
こちらでご覧ください。
17日の夜は、関川ドームでクライミング・ボードの練習日。
2本トライして2本とも成功。
実にいい気分で、その夜のうちに、Margoの運動会応援に出発した。
18日の昼ごろには京都に着くつもりだったが、慣れないトレーニングで疲れていたのだろうか、あっちで居眠り、こっちで居眠りと、到着が遅れ、銀閣寺の門前に着いたのは午後3時ごろだった。
2時間で200円という飛び切り格安の駐車場を見つけて入れたのだが、大文字山へ登ると言ったら、5時の閉鎖までには帰れないだろうということでお断りをくらい、やむなく、30分500円のコイン駐車場に入れなおした。
いくら低山とはいえ、知らない土地で日暮れの薄暗い時間帯に山道を歩きたくはない。急いで支度をして、登山道に向った。
この時間帯しかも曇天、銀閣寺の裏山の道は薄暗く、なにやら天狗でも出てきそうな雰囲気。
いつものように、独りでゆっくり登るからというOkkaaを、銀閣寺門前界隈を散策して待つことにさせて、大急ぎで駆け登った。
すでに肌寒い時間帯になっていたが、額から体から、汗が滴り落ちた。
途中、地元の人らしい方が淡々とした調子で登っているのを追越したが、火床で写真を撮っている間に追越された。山頂への途中でまた追越したのだが、山頂で写真を撮っている間に、先に下ったようで、下りの途中でまたまた追越したが、火床での撮影中に追越され、結局、下山口近くで一緒になった。
当方は、息を切らさんばかりの急ぎ足、向うは一歩一歩のゆっくり歩きに見えるのだが、結局、止まることなく定速で歩くのが、山歩きでは最も効果的だという見本を見せてもらったようなものだった。
それはともあれ、大文字山から見下ろす京都の景色は、抜群だった。
千年の都を一手に抱え込むような、壮大な気分にもなれたし、この地形の中で、数々の歴史ドラマが展開されたことを思うと、歴史マニアにはたまらない感慨深さもあった。
この湖の底のような地形の中で、幾多の人々が、泣き、笑い、喚き、血を流し、歴史を作ってきたことか、半日くらいじっくりと眺めていたかったのだが、Margoが帰宅する時間に間に合わなくなってきた。大急ぎで下山した。
この夏、五山の送り火、いわゆる大文字焼きを見たかったのだが、それをしないで、今日、その大文字の火床を見ることができた。
まあ、それで、かえってよかったような気もしている。
銀閣寺門前に戻ったのがほとんど5時だったのだが、その時間帯にも何人かの登っていく人たちとすれ違った。
6時を過ぎたら、夜景を見ることができるのだろう。それはそれで、豪華な景色に違いない。
いつか時間のある時に、Margoをつれてゆっくりと山を歩き、南禅寺へ下りる道に周回したいものだ。また小さな夢が一つできた。