人と交わり、草木と交わり、山気と交わり
それら一瞬の表情を写真で切り取る楽しみも広がって
単独行もいいし、仲間とならなおいい
そんな山歩きの楽しみを綴ってみました
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「錦秋の光兎山2013」を
 こちらからどうぞ


光兎山へは、年間3回は登る。

芽吹きのブナ林を抜けて、残雪を踏んで上がる山頂の清々しいこと。

ヒメサユリ咲く頃は、今回はどんな咲きぶりに出会えるかと胸ときめかせて登る。

そして、秋。山腹の紅葉もいいし、ブナ林の黄葉も白い木肌もいい。

今日は、その秋の登山。
JunjyさんとNaruさんと、同期の老兵3人を、光兎山は期待通りの錦の装いで迎えてくれました。

おまけに、ナメコまで歓迎に現れてくれて、その上、最新の登山衣装に身を包んだうら若い女人がたった一人で、雷峰に腰下ろし、「藪に入ってナメコを探したら疲れたので、ここから帰ります」などと、のたまう。
まさか狐まで歓迎に現れたわけではなかろうが。
老兵には、??のこれまた不思議で愉快な山登りになりました。



さて、光兎山は、標高966mの低山ながら、山頂に至るまでには三つの峰を越えて稜線を進み、最後の山頂直下の登りはかなりの急登、その上、峰を三つ越えるということは、下山にも同じ峰を登り返さなければならないということで、標高の割には、結構登り応えのある山です。

地元では、光兎山に登れれば、飯豊も朝日も大丈夫などと言われています。


日頃それほど頻繁には山歩きをしていないNaruさんに、「もうこれで、どこの山でも大丈夫だよ」と申したら、「いやいや、そんなオダテには乗らないよ」などと、謙遜の言葉が返ってきましたが、自転車や踏み台昇降で秘かに足を鍛えているとのこと、本心はさて・・・。


Junjyさんはといえば、今月初めに出品した展覧会が終り、今日はその慰労を兼ねての登山。

先月7日の地蔵山以来で、ちょうど1ヶ月ぶりの登山ということだが、それにもかかわらず、相変わらずブランクなど全く感じさせない歩きぶり。
この人の基礎体力は、常人の域を超えているのではなかろうかと、毎度のことながら、ついつい思わされてしまいます。

道々、呼吸法などをさかんにNaruさんに伝授していましたが、その効あって、来春の光兎山にもNaruさん、来られるといいのですが。


老兵は消え去るのみ・・・とか言いますが、山の中に静かに消えている日があってもいいと思うのですが、どうでしょう。


ともあれ、この日、秋の中に静かに浸っているのには、もってこいの日和で、光兎山、真にいい山でした。




さて、ところで、の話ですが。
この光兎山は、西暦861年、天台座主慈覚大師による開山とされています。
先日登った霊山も、859年同じ慈覚大師開山とされています。

この方、どうも全国を飛び回って各地の山を開山されたことになっているようなのですが、それについて、霊山での一行の話。

当時の山岳宗教者の方たちが本山に申請して、座主開山の御山にしていただくというのは、ありえるのではと。
現代風に分かりやすくいえば、つまりはいわゆる名義貸しということになるでしょうか。
名義貸しといえばちょっと言葉は悪いのですが、今も昔も、人の世のこと、それほどの違いはないのでしょね、たぶん。


私など、どなたが開山であろうと、自分がよいと思った山はやっぱりよい山だと思うのですが、せめて、名義で価値判断するような俗な世界からは、消え去っていたいですね。


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山歩紀行 2013

                 西穂山荘 2011.8.28撮影
 
  2013年11月6日 光兎山  本年3回目は、錦の山肌
             光兎山(こうさぎさん) 966.3m   新潟県関川村
13:54 下山途中、観音様の水場へ下りて名水・光兎水を汲み、稜線に上がって一息ついた。
雷峰と山頂を振り返ると、山肌に午後の陽が当り、まさに錦をまとった光兎山がそこにあった。


6:37 日いずる処・関川村、荒川に架る小見橋から登山日和の予感

9:07 観音峰から見た雷峰と光兎山山頂 錦秋の予感

観音峰からの稜線上で、錦の谷間に影法師が二つ

10:05 雷峰から、光兎山とその右奥に頭巾山

ヨ平戻の頭 山頂間近、ここから鞍部に下りて胸突き八丁の登り

11:25 山頂到達 老兵三人の光兎山頂 遥か後方に朝日連峰以東岳

観音様の水場に湧く名水・光兎水の水源ブナ林

13:57 午後の日射し込むブナ林を行く、下山の登り返し

光兎山のブナ林は風雪にもいじけることなく素直に伸びて、新緑、
青葉、紅葉、冬枯れ・・・いつのときも訪ねる人の目を楽しませて
くれる