綿野舞 watanobu 山歩紀行 2009.4.10 三角点山 
 標高576.5m 新潟県関川村     

新緑が萌出す前のブナ林は明るくて残雪が日に映え爽やかそのもの
 
国土地理院の地図に、この山の名称はない。が、 地元では、「三角点山」と呼び慣わされている。
確かに山頂には三等三角点があった。しかし、三角点があるのはこの山だけではない。にもかかわらず、この山だけが三角点山と称されている、そのわけは分からない。

この日は、関川歴史館主催の「古道を歩く会」に参加。
歴史館のS館長さんの先導で、関川村小和田集落裏手から山に入った。
この山道は、女川左岸の峰々を通って山形県小国町へ抜ける旧出羽街道があった道で、江戸時代には、小和田に番所があったという。

また、関川村史には、永承5(1050)年、越後城氏の祖はこの道を通って出羽から越後に入り奥山荘を開発したとある。

そんな古代からの重要路も今は通る人とてなく廃れ、S館長は、ナタを片手に薮を払いつつ道なき道を探しながら尾根を伝って進む。その速いこと猛きこと、さながら役小角もかくあるかと大袈裟でなく思ってしまったものだ。

標高550mに達した旧街道は、その先、崖崩れで進めないということで、古道からは逸れて、三角点山に向うことになっていた。


麓では半袖でもよいくらいの暑い陽射しの日だったが、500m位まで上がると、まだ残雪は厚く、道は全く分からない。
適当に見当をつけて雪の上を歩いているような感じだったが、「三角点はすぐそこ」と書かれた矢印の板がブナの木に括られてあって、見当違いでないことにS館長が自信顔だったことを妙に覚えている。
山頂の標示も、ブナの木に括り付けた欠けた木の板で、素朴感が非常に漂っていた。

山頂からは、旧街道が通る元光兎や湯蔵山の峰が見通せた。
ずっと後のことになるが、今は亡きY大先達が、湯蔵山には旧街道の名残が見られると言っていた。確か、茶屋の跡があると聞いた。
是非行ってみたいと思いながら、そこも今日まで、その機会がないままになっている。

帰路は、コウモリ沢に下りて、登り口の小和田とはちょうど山を越えた反対側の滝原集落に出た。

山登りではなく、山歩きの楽しさを十分に味わわせてもらった一日だった。
イワウチワ 残雪のブナ林に似合う花だ

ブナ林の厚い残雪の上を歩くのもこの時期の楽しみの一つ
何しろどこでも自在に歩ける、ただし、たまにズボッと来るのに要注意 
 

三角点山山頂から、元光兎・湯蔵山の峰々
 

山頂から残雪の光兎山が垣間見えて、2ヵ月後に招きよせられた
 
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