只管走記 ただひたすらはしるのき 2014 | ||||||
第2戦 2014年9月28日 初のハーフマラソン 越後湯沢秋桜マラソン ハーフ21.1km 2時間17分07秒 |
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スタート地点に続々とランナーが集まっていきます。青空の下、爽やかな風が流れて絶好のマラソン日和、武者震いがします。 |
6月の東根サクランボマラソンに続いての第2戦です。 阿賀北山岳会ランニング部のUnqさん、Youmyさんと出場しました。 会場では、ラン友のManaちゃん、Ryuちゃんと合流、さらには、アップの途中でMasaちゃんとバッタリ出会うなどして、賑やかで楽しい大会になりました。 この5人とも、キャリアは私などよりはるかに上で、もちろんこの日の結果も、私には手の届かないような走りの人たちです。 阿賀北山岳会ランニング部の雄姿 |
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ハーフだけでも4千人超の出場。第1波に3分遅らせて第2波のスタート間近。 |
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湯沢マラソンは、きびしいコースでした。 初ハーフに、豪いところを選んでしまったと悔やんでみても後の祭りです。 下の高低図のように、最初の7kmで標高差190mを登って、大源太湖で折り返し一気下り、その先15kmからは市街地のアップダウン連続で、さらに最後のフィニッシュまで1kmはずっと登り。そのきついこと。 歩く人も多数いるなか、なんとか一回も歩かずに走りとおせて、まずは満足です。さて、記録は、 グロスタイム(スタート合図からの記録) 2時間17分22秒。 ネットタイム (スタートラインを越えてからの実際のタイム) 2時間17分07秒 事前の計画では、5km毎のラップを大雑把に、34分、33分、32分、31分、ラスト1kmを6分として、2時間16分前後を目標にしていましたが、ほぼそれに近い結果でした。 実際の5kmラップは、33'49"、32'37"、29'46"、33'39"、7'16"で、これを見ても15kmから先のアップダウンがいかにきつかったかがわかります。ラスト1kmを6分で走れなかったことが悔しい思いとして残りました。 とにかく、生まれて初めてハーフマラソンを走り抜くことができました。 5月の肉離れで6,7月は休み、その後8月150km、9月165kmと走り込んできました。 よくぞここまで回復できたと、そのことを喜んでいます。 67歳もあと一ヶ月の年齢ですが、まだまだ成長期です。 5人のラン友たちに一歩一歩近づいていきたいと思っています。 Ryuちゃんに、またまた焚き付けられました。次はフルマラソンですね、などと。 Unqさんは、ハーフを2時間切れれば、フル5時間は可能と言います。 来春のハーフでの2時間切りを目標に、練習に励みたいと思っています。 そして、夢はフルマラソン、何とか60代のうちに実現したいものです。あと2年です。 「練習は裏切らない、流した汗は報われる」 「思えば叶う」 この言葉が、励みです。 |
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マラソンは自分との戦いです。 辛いキツイ、歩こうか、手を振れ、まだ走れる、と自分と戦いながら、最後の力を振り絞ってどうにかゴール。 ランニング部部長のUnqさんは、マラソンにはストイックさを求めます。 部員である以上、部長の追求には応えて行かねばなりません。 ところがです。 ゴールしたら、Manaちゃんが500mlのビールを用意して待っていてくれました。 走り終わったのだからストイックからは解放です。部長の来ぬ間にと一気に飲み干しました。 その美味かったこと。山頂ビールの比ではなかったですね。 |
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しばらくして、さて帰ろうかと立ち上がったら、何と、地球が回っているのです。周りの風景は真っ白。足がふらついて立っていられません。 部長は、私の演技だと思ったそうですが、それどころではありません。 そのまま、草の上に倒れ、カンゾー君が体内アルデヒドを退治してくれるまで数時間、じっとそのまま。 ランニング部の皆さんにすっかり迷惑を掛けてしまいました。 走り終わってからもストイックでなければなりません。もう懲り懲りです。 今回ばかりは、救護係のOkkaaの出番もあったようです |