綿野舞(watanobu)山歩紀行2018
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7月15~18日 槍・穂高 万尺八峰 岩攀じり③
槍3180m 大喰(おおばみ)3101m 中岳3084m 南岳3033m 北穂3106m 涸沢岳3110m 奥穂3190m 前穂3091m
長野県松本市・大町市・岐阜県高山市  地理院地図は→こちら 
  第4日目 連日の 岩との格闘 無我夢中
穂高岳山荘~奥穂高岳~前穂高岳~上高地 
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4:48常念から日が昇る。目の前に横たわる蝶。雲海に浮かぶ八ヶ岳、蓼科、霧ヶ峰、浅間。ここは、穂高好き人憧れの聖地、穂高岳山荘のテラス。そこに集う登山人の誇らしさ。たとえ大キレットを渡ったのでなくても、涸沢岳を北穂の側から越えたのでなくても、前穂から奥穂を越えてここへ来たのでなくても、涸沢カールから岩嶺を攀じってここまで来たのであれば、いくら自分を褒めたたえても足りない気分にちがいない。人に誇るためでなく自分に誇るため、それは、登山人の共通項。槍・穂縦走の最終日が始まる。
ここに載せきれなかった写真はYouTubeにあります ⇒こちら  
渡辺伸栄watanobu 
5:40行動開始。足慣らしの余地もなく、いきなりの岩攀じり。鎖あり長梯子ありの垂直登攀。朝の身体がついていかない。身体慣らしにゆっくりゆっくり登るが、それでも、みるみる高度が上がる。すこし緩やかになった岩稜まで登り上がって振り返ると、涸沢岳と北穂の山頂が見え、その間の稜線越しに槍も顔を出している。槍の手前には中岳、南岳の頂まで見え始めた。山頂へ続く稜線に上がって、西方遠くに目をやれば、笠ヶ岳の向こうに白山の雪渓まで見えている。東方はといえば、雲海に浮かぶ山々は日の出の時のままで、富士と南アルプスまで視界は広がった。絶景だ。
6:38奥穂高岳山頂3190m、槍・穂高連峰の主峰、一万尺7峰目。ようやくここまで来た。万感の想いを込めて、ガッツポーズ。祠から下りて、隣に建つ山座盤を見ていたら、二人の老登山人が寄って来て、期せずして三人で山頂談義。なんと、驚くことにS21、S22、S23だという。1年違いの70代。互いにまだ若いなどとエール交換、握手。私以外の男女2人はそれぞれ単独行。その中の女性は、ここへ来る途中這うようにして登っていて道を譲ってくれた方。ゆっくりゆっくりだから、連れがいると迷惑をかけるので単独で来たのだと、我家のOkkaaのようなことを言う。どうしても一度、ここに来たかったのだと。見上げた根性だ。
山頂パノラマ、東側180度。右端、笠ヶ岳、その奥遠くに白山と別山。ジャンダルムを挟んで、焼岳、乗鞍、御嶽が縦に並ぶ。焼岳の左下は上高地で、大正池から河童橋まで見えた。中央左のシルエットは前穂で、その左の南稜の頭と吊り尾根でつながっている。前穂の先の雲海に八ヶ岳、右に少し離れて富士と南アルプス。左端の祠の右隣奥に常念と蝶槍。その先の雲海には四阿山と浅間山が浮かぶ。画面では小さいが、実際には肉眼でもはっきり見えた。
山頂パノラマ、西側180度。槍の右は鹿島槍、白馬など後立山、その右雲海に妙高連山も見えた。槍の左は立山から奥黒部の山々、薬師がことのほか大きい。8月山行で予定の水晶と鷲羽は目立つし、黒部五郎はあの辺りか。ずっと左に笠ヶ岳、その先遠く白山、別山。左端はジャンダルム。槍の手前の雪渓は中岳、その手前の岩峰が北穂で、そこから岩稜が続く涸沢岳の山頂がここより低い。一つ一つを肉眼でくっきり辿ることができる。いつまでも見飽きることがない。まさに大展望。
あの槍からここまで、あの細い岩の稜線の上を歩いてきた。両手両足を使って。否否、全身を使って。神経を研ぎ澄ませて。感無量というしか言葉がない。
名残りは尽きねど今日は下山日。明るいうちに沢渡の駐車場までは戻りたいと、奥穂を後にして、前穂へ向かう。目の前に吊り尾根と前穂。登山道は、あの尾根の稜線上を避け、右側の斜面をへつるようにつけられている。そこまで下る道も尋常ではない。長い鎖に梯子に、垂直下降の連続。少し平らな道は斜面横っ腹の巻道で、片側は断崖絶壁。足を滑らせれば岳沢まで一気のお終い。どこまでもどこまでも気を抜けない道。
9:07紀美子平。想像していたほどの平地ではなかったが、ここまでの厳しい道からすれば、ほっと一息二息つける場所。ここで大休止した後、荷を置いて前穂山頂へピストンする。名の由来を調べてみた。穂高岳山荘初代重太郎氏の娘の名とか。前穂への安全な登山道を作るため、ここにテントを張って娘を寝かせ夫婦で作業に当たった場所とのこと。その道が、この後下る重太郎新道。
10:00前穂高岳山頂3091m、これで槍・穂高縦走一万尺8峰登頂達成。これで最後と思うと名残りが尽きず、岩がゴロゴロの広い山頂をウロウロ歩き、40分も滞在して四方八方大展望。槍から歩いてきた中岳、北穂、左目の前に穂高連峰主峰の奥穂。
前穂は、今回のルートの中で最も東側に突き出した位置にある。だから、槍から奥穂までの縦走の稜線が一望できる。遠くに、槍から大喰・中岳・南岳の稜線。それから、北穂の複雑な岩の山稜。そこから長い稜線が繋がって涸沢槍と涸沢岳。鞍部の残雪の上に穂高岳山荘が見えて、左端に奥穂の山頂。槍沢を含めて4日かけて歩きとおした道。言葉がない。感無量。
すぐ足の下に3日前にスタートした河童橋。あそこから見上げた前穂、吊り尾根、奥穂に今日、予定通り立つことができた。明神岳の左に徳澤園、さらに上流を辿れば横尾も見えた。3日前の初日、槍沢目指して黙々と歩いた道。大キレットを通り、万尺8峰を踏破するために只管歩かなければならなかった道。懐かしい道。大正池の右に焼岳、火口まで見える。正面に乗鞍、その奥に御嶽。徳沢園にテントを張り、蝶に登って翌日乗鞍に登ったのは、もう3年前。3日前も懐かしければ、3年前も懐かしい。
懐かしいといえば西穂。右が奥穂から続くジャンダルムで、その稜線が左にグンと下がって、三つの岩のコブの左端が西穂高岳。あそこに立ったのは、もう7年も前のこと。あの頃は皆まだ元気だった。年年歳歳・・・いや、よそう。西穂のずっと先に白山。7年前は、白山はおろか、ジャンダルムから奥穂の方面も濃いガスの中で、全く見えなかった。7年たって、今こうやって、全体像が把握できた。
下山路も決して生半可な道ではなかった。紀美子平から下るとすぐ、長い鎖場の岩壁垂直下降があってここまで来た。遥か目の下に岳沢小屋の赤い屋根。あそこまで、なんとも急な高低差。羽根があったら飛んで降りたい気分。岩の稜線よりましかと思えば、道はザレていて滑る。滑落したら小屋まで一気、でも相当痛い目に遭う。気を抜かないでと声がかかる。用心用心。ほとんどずっと小屋の屋根が見えてるのだが、高度は縮まらず、一向に屋根は大きくならない。
14:50ようやく岳沢小屋。ここの手前にキャンプ場があって冷たい水が流れ出ていたものだから、そこで腹が膨れるほど水を飲み、大休止。だから、小屋はちょっと立ち寄っただけですぐに通過した。ここに2晩泊まって前穂にピストンした老登山人。岩を楽しむのだと、上手いことを言う。重太郎新道のとんでもない急坂を上り下りする気力に敬服だ。ここの傾斜度からみたら、燕の合戦尾根が三大急登だなんて、何かの間違いではないだろうか。下っただけで登ってないのだから、あまり大口はたたけないが。
17:00槍・穂高縦走のスタート地点河童橋に戻った。橋のたもとでゆっくりと休んだ後、最後の記念撮影。正面に奥穂、吊り尾根、明神の肩から顔を出している前穂。あそこを歩きとおして今ここにいる。じっと山を仰ぎ、次に我が足を見る。そして、何よりも同行のお二人に感謝。たったの二文字では言い足りないのだが・・・。とまれ、かくして3泊4日の槍・穂高縦走は無事完了した。何しろ連日の岩との格闘。岩は、しばらくたくさんだねーなんて、そんな声ももれたりしています。
<コースとタイム>
4日目(7/18)・・・穂高岳山荘発5:40-6:35奥穂高岳山頂7:00-9:05紀美子平9:24-10:00前穂高岳山頂10:40-11:27紀美子平11:38-14:11キャンプ場水場14:43-14:50岳沢小屋-16:31岳沢登山口-17:00河童橋着
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