綿野舞(watanobu)山歩紀行2019
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9月1日 登っても登っても山 また山
荒沢岳1968.6m 新潟県魚沼市  地理院地図は→こちら 
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奥只見の荒沢岳。過去2回残雪期、日向倉山へ向かう雪の尾根から見たその山は、銀山平の谷の向かいに、周囲の白に染まらず真っ黒な屏風のようにそそり立っていた。六曲屏風の各扇の角のように見えた厳しい岩稜、その威容を見上げ、いつか機会があればと念じていた山への挑戦。ルートは、銀山平の登山口から標高差1200mをまっすぐに一本道で直登する。最大の難所がこの写真、前嵓という名の前衛峰。今立っているここは、中間の小ピーク。ここに来るまでが前段で、鎖と梯子の連続。そこをどうにか乗り越えて来て、中段のここで一息。さて、これから先が後段。またまた鎖の連続。ようやく前嵓を越えれば越えたで、その先、山頂までは急坂登攀。俯いて一歩一歩只管登る。途中、頭を上げれば空が見えて、あのピークで一休みしようと登り着けば、そこはほんの短い緩斜面で、すぐまた急坂が続く。登っても登っても、これでもかこれでもかと、山が次々と現れる。改めて新潟県山のグレーディングを見れば、難易度も体力度もトップクラス。なるほど然りと納得。鎖三昧の岩場はスリル満点、その上長丁場の急坂、誠に登りがいのある山で、翌日は久しぶりにヘトヘト状態になったのでした。
 渡辺伸栄watanobu
登山口からいきなり標高差300mを直登すると最初のピークに上がる。そこが、前山。眺望が開けて、一休み。後ろを振り返れば、すぐ正面に日向倉山。あの山は登山道がなく、残雪期に登った雪庇だらけの峰を思い出すが、季節が違えば山は変貌著しく、まるで別の山。その左奥が未丈ヶ岳、日向倉から行こうとしたが道があまりに長くて諦めた山。未丈の左奥は浅草岳。右下に奥只見湖、その後方奥は会津朝日岳になるのだろう。まだ見ぬ山たち。
前山に立って前方行く手を見れば、片面抉れた岩肌の山が屹立している。あれが前嵓という名の前衛峰で、最難関が待ち構えている。前嵓の後ろに隠れているのが目指す荒沢岳の山頂。前山から前嵓の下までは長い尾根道が1.5㎞程続き、ピークを4つ程越えるがいずれもUP・DOWNはそれほど大きくなく、全体でも150m程度の上昇だからほぼ平らな道を快調に進む。
前嵓の下から前嵓の上まで標高差300mの急な岩場がこの山の「うり」、つまりセールスポイント。標高1250mのここから、いよいよクサリ場とハシゴ場が連続する絶壁攀じ登りが始まる。マラソンには坂バカがいて、山には鎖バカがいるという。身が疼くほどに嬉しくなるのだとか。
前嵓の岩壁は2段構えになっていて、これでもかこれでもかと現れるクサリとハシゴを乗越えて標高1420mのピークまでが前段。中段のここでようやく一息。振り返れば、前山から歩いてきた長い尾根の道が、すぐ足の下まで続いている。緩やかに伸びてきた尾根の道がいきなり岩壁に突き当たり、クサリとハシゴで一気に200mのその壁を登り上がったということになる。
中段で一息二息三息入れて、さてこの先へと気合を入れ直す。ここから先が前嵓難所の後段。これはまるで妙義山ではないかと、ため息の出る光景。ただし、妙義山もどきの岩峰の稜線の上を歩くのではないようだ。ここから一旦下って、岩壁の下の縁を通り、そこから山腹を斜めに巻いて登り直す道がついている。よく見ると、斜面の岩道にへばり付いて動くマメ粒ゴマ粒、あれはクサリに縋って降りてくる登山人。
その山腹の斜面たるや急な岩場の連続で、しかもクサリがあったりなかったり。その上、岩はまろやかで、ホールドになる窪みも足場もあったりなかったり。北アルプスの大キレットより難しかったような気がする。
とにかく難所を乗越えて前嵓1530mの上に立った。クサリ三昧、岩場三昧のスリルを満喫して、充実感に浸るひととき。イヤー凄かったねーと、そんなありきたりのセリフしか出てこないのだが、実感は3人共有。いずれ劣らぬ鎖バカ。チーム戸隠・大キレット。
前嵓で充実感に浸ってばかりもいられない。先へ進もうと山頂を探すも、すでに濃い雲の中。見ると下って来る人影二つ。すれ違いに言葉をかけると、父親と小学生の娘さん。すでに百名山を終えて今は二百名山に挑戦中と言う。前嵓のあの難所をよくぞ越えてきたものだと称えると、なんと戸隠のあの蟻の塔も平気で渡ったというのだから、いやはや恐れ入りました。さて、ここ前嵓から山頂まで標高差450mが結構な急坂。見上げれば空が透けて見えるから、あそこの小ピークで休憩しようかと辿り着けば、ちょっと坂が緩くなる程度ですぐにまた急坂が続く。その繰り返しで、登っても登っても山また山。さっき前嵓の下で腰を下ろしていた小父さんが言っていた。自分は前嵓で引き返してきたのだ、と。分かるような気がした。多分、心が折れたのだろう。一人だったら折れるだろうなー。
折れそうな心を慰めてくれるのが、花だったり、眺望だったり。足下に見事な自然の造形。まるで雪の結晶。自然の妙。ただ、セリ科の植物はどうにも区別がつかず名を覚えられない。
こちらはチョウジギク。4年前、雪倉から朝日小屋へ向かう途中で見たのが最初で、それ以来の再会。妙な形だと、Unqさんがしきりに唸る。花には花の戦略があって彼らは実に合理的、その装飾に一切の無駄はない。人もかくあるべきか。いや、花には無駄を楽しむ余裕すらないということ。ならば、人の無駄はむしろ効用というべき。
山頂直下。折角積み重ねたブロックが崩れかけたような岩場。あそこが最後のクサリ場。ようやくここまで来た。山は一歩一歩の積み重ね。只管前へ前へ。戻るのだって方向を代えただけで、いつも一歩一歩前へ前へ。一歩一歩のその時を楽しむ。生ある限り。
そしてついに山頂に立った。攀じ登ること5時間半。ぴったし標準タイム。とは言え途中の休憩を含んでだから、実質は標準タイムより短かったことになる。いつもは道草三昧の我らも、今回はロングコースの荒沢岳で、その上秋の日は短いとなれば、さすがに道草一切なし。やればできるじゃないのと、言ったか言われなかったか。 
荒沢岳からは、中ノ岳と越後駒を回る越後裏三山縦走ルートがあるという。目の前の稜線がそれ。画面右の雪渓が中ノ岳で、稜線は大きく左にカーブを描いて右端の中ノ岳へ続く。いかにも歩きたくなる峰の道、途中にテント場があるのだという。そそられてじっと眺め、稜線を目で辿った。登山口の駐車場は満車だったが、会った人は少ない。ということは、ほとんどがこの縦走コースへ進んでいるということ。来年、日の長い時期に、ぜひ。 
山ではいつもだが、後ろ髪引かれる思いを断ち切って山頂を後にする。いかに苦労して辿り着いたとしても、そこは安住の場ではなく、人皆帰るべき所を持っている。留まることは許されず、常に前へ進む。天気予報は午後遅く小雨の気配ありという。前嵓の岩場で雨に遭いたくはない。ましてや、あそこで日暮れを迎えた分には泣かねばならない。登頂の喜びを早々に切り上げて下山開始。イワショウブの花に見送られて、雲湧く稜線、ナイフリッジの道へ戻る。 
岩場の下りは登りより怖い。クサリのなかった岩場に、Unqさんが担いできたロープを張ってくれて、それを頼りに下る。なんとも有難い手がかりで、安心感がまるで違う。もちろん、このロープは外してまた次の岩場で使う。だから、最後のUnqさんはロープなしで岩場を下る。有難さが一際身に沁みる。前嵓の危険地帯さえ越えれば、あとは緩やかな長い尾根道、たとえ小雨が来ようと日暮れが迫ろうとそれほど心配はない。だから、岩場は急がず時間をかけて安全第一に。
前山から大分下った林の中で薄暗くなり始め、ヘッドランプを出した。下山口間近になって日が暮れた。有難いことに、小雨もなかったし、日暮れにも何とかほぼ間に合った。山頂の1時間休憩を除けば、10時間半のロングルート。しかも前嵓の難関は往復とも、連続腿上げの筋トレ。下山して翌々日の朝まで、両足大腿四頭筋がカチコチしていたのは久しぶりの出来事。 午後から走ったらもとに戻ったけどね。 
ここに載せきれなかった画像はYouTubeで⇒こちらから
<コースとタイム> 登山口P発7:12-7:57前山8:12-9:08前嵓下(1262地点)-10:52前嵓-12:47山頂13:55-15:28前嵓-17:09前嵓下-17:55前山-18:39登山口P着
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