綿野舞(watanobu)山歩紀行2019
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10月20日 登った山を 見にまた山に 登る
唐松岳2695.9m 長野県白馬村・富山県黒部市  地理院地図は→こちら 
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つとに名高く、春夏秋冬人跡絶えずと聞いてはいたが、これまで何度か登るチャンスを逃してきた後立山の唐松岳。名を成す山は大概、威風堂々たる山容だったり周囲を圧する高さだったり断崖絶壁で登攀困難だったりするのだが、初めて訪れた唐松は違った。八方尾根から登る唐松は中々姿を現さず、ようやく望めた山頂は極ありふれたどこにでもあるピークの一つだった。むしろ山頂から不帰キレットに続く三つの峰の異様さの方が目立っていたし、どう見てもすぐ隣の五竜岳の方が威容を誇っていた。なのに人気を博すのは何故か。その疑問は山頂に至って氷解した。否、既に丸山への登りで眼にした光景から予感はしていた。霧が晴れて目の前に連なる荘厳な山々、不帰嶮、天狗、鑓、杓子、白馬。山肌の色といい形といい、圧倒されて見入った。丸山に上がれば、五龍と鹿島槍。逆光の中で雲を脱ぎつつ威容を顕わにしていた。そして、山頂。そこは360度の大展望。剱、立山、薬師、水晶、鷲羽、針ノ木、槍、蓮華が一続きの長い山並みとなって雲海に浮かんでいる。そこから五龍を挟んで、大雲海に浮かぶのは八ヶ岳に富士、南アルプス。一面の厚い雲の海の北方、ちょっとだけ頭を出したのは妙高連山。その隣に白馬から連なる小蓮華、乗鞍の稜線。この眺望こそがこの山の名を馳せた由縁と、真実納得。視線を回転させながら、これまで登った山の名をあげて位置と姿を確かめる。なんと多くの山々に登ったことか。感無量の眼に、未踏の山の手招きが見えた。写真は唐松山頂から、五龍の肩遠くに槍ヶ岳を望む。
 渡辺伸栄watanobu
登り始めは雨。予報が当たることを信じて雲の中を黙々と登ること小1時間。オッ‼というUnqさんの声に頭を上げると、眼前に大きな山が迫っていた。岩肌の迫力ある稜線、あれは白馬から唐松に続く天狗の稜線だと言う。意外と近い。左の丸いピークが唐松かと問えば、否あれは丸山、唐松はその奥だろうと。ここはほぼ2100m、どうやら雲海を抜け出て雲上界に出たようだ。空に薄青さえ見えてきた。
2300mを越えて丸山の上に出た。これまで消えたりかかったりしていた薄雲がすっかり消えて、白馬・杓子・鑓の白馬三山がくっきりと現れ、その奥に小蓮華の稜線まで見渡せた。左の深い切れ込みは不帰キレット。そこと鑓との間に横たわる大きな岩山に全体をくくる名前は付けられていないようだ。中央の沢が天狗沢で、だからその源頭のピークには天狗の頭と名がついている。全体が赤茶けた色に白や緑が混じり、なんとも迫力のある大きさ。あれだけ名高い白馬岳がここからは畏まった小さな山に見えると笑ったりして。
丸山ケルン2400mの広場は大展望台だった。左に五龍、その後ろに鹿島槍も雲のベールを脱ぎ始めていて特徴的な双耳峰を見せていた。右には不帰嶮、不帰キレット、天狗、白馬三山、小蓮華の長い稜線。肝心の目指す唐松はといえば、どうやら正面2554mのピークまで上がらなければ姿は見せないのらしい。なんとも控えめな山というべきか。
不帰のキレットを覗き込む。さすが日本三大キレットの一つ、あの切れ落ちようはただ者ではない。あそこは天狗の大下り、ルートはどこかと目を凝らす。ここの最難関はあの大下りの最低鞍部からこちら側に登り返した不帰嶮にあるらしい。なに、クサリもしっかりと張られた一般道だから、通って通れないことはないと思うのだが、さて。
五龍と鹿島槍。唐松から五龍を周回するコースは、昨年来何度か計画された。ただいつも他の山との天候見合いの代替候補地で、結果として、ここは後回しにされてきた。今回も、元々の予定は飯豊の頼母木山か三国岳の紅葉を日帰りで見ようという計画だったのだが予報思わしくなく、比較的好予報の唐松に前日変更した。だから、日帰りのため五龍周回は無理で、唐松ピストンだけとなった。来季以降、唐松五龍周回のための、あるいはまた、不帰キレット縦走のための下見山行のつもりもある。それに、鹿島槍のずっと先の爺ヶ岳の向こうから、あの南峰の山頂までは来ているのだから、そこからこっちへ、八峰キレットを渡れば五龍と鹿島槍も繋ぐことになる。山はいつも、いつまでも待っていてくれる。
登山道は頂上山荘の手前で一旦2650mのピークに上がる。ここまで来れば唐松山頂はすぐ目の前にあり、そこから右へ不帰嶮の三つの峰とキレットから天狗への長く険しいつながりがよく見て取れる。まさに壮観。
2650mのピークから頂上山荘には寄らず、50mほど下ってから山頂へ登り返す。もうかなりのハイスピードでここまで来たから、山頂直前あと僅かという坂でついに脚が休憩を求めた。一息二息入れて、ふと後方を見ると大雲海の先遠くに富士が見える。その左右に陣取るのは常に八ヶ岳と南アルプス。北八、中八、鳳凰、甲斐駒、仙丈、北岳、間ノ岳、塩見とあの辺りの名だたる山はほとんど登ったし、荒川・赤石の縦走周回は今夏のメーンイベントだった。などと回想しながらカメラを向けていたらバッテリー切れ。バッテリー交換の時間が脚には格好の休息時間となった。折悪しくというべきか折良くというべきか。
2650mのピークを下る頃から山頂の左方向に、剱、立山、薬師、そこから連なる奥黒部の山々がずっと見えていたのだが、山頂直前に至ってようやく槍が五龍の肩裾から姿を現した。この後、山頂からは槍のさらに左方に奥穂、前穂も見えた。3週間前に立った薬師の山頂が際立っていた。厚い雲の下に黒部ダムの湖がある。去年、ちょうど真向かいの水晶岳の上からこちらを見た。
山頂でUnqさんと山座同定。剱、別山、立山、薬師、水晶、鷲羽、槍、奥穂に前穂、登った山は格別の近しさがあって、同定にも確信が籠る。昨夏の大キレット山行、奥黒部周回、一昨年の剱・立山、爺・鹿島槍、そしてつい3週前の薬師、一つ一つが懐かしく愛おしい。思えば随分登ったものだと感慨一入。 
心ゆくまで見るべきものを見、撮るべきものを撮って、寒風の山頂を後にする。正面に、写真では何度も見た唐松岳頂上山荘。もうすでにシーズンオフで閉鎖中。それでも日帰りピストンでやって来る人の多いこと。下山中には、テントを背負った登山人ともすれ違った。テント場は山荘から九十九の道を下った下方。雪の季節には山荘周りの広場にびっしり張られたテントの写真も見た。春夏秋冬人跡絶えざるはこの眺望の故かと納得。唐松は他を輝かせることで己も輝く山。
頂上山荘前の広場で大休止。近くのパーティからはいい匂い。それを嗅いでYoumyさん曰く、焼肉を担いで来ればよかったね、と。受けて小生曰く、できるだけ大きいフライパンにどっさりの肉をね、と。何しろ、先頭を引っ張るYoumyさんのハイスピードには仰天。この日のGPSログのヤマレコ判定はなんと、「とても速い」。それを告げるとYoumyさんまた曰く、日帰りピストンの軽荷なら当然でしょ、と。続けて曰く、始発リフトに一番乗りしたのに、それでも、途中随分追い越されたんだから、これが普通のスピードよ、と。そんなわけだから、焼肉でもたっぷり担いでもらって重石をつけなくちゃと思ったわけ。一石二鳥の計。次回からお願いします。
丸山ケルンへ向かって下りの途中、改めて難関の不帰嶮を眺めた。その下の唐松沢雪渓には、最近氷河が発見されたという。日本で7個目の氷河だとか。剱岳で初めて氷河が発見されてからもう7個も発見されたのかと驚いた。観測機器の軽量小型化が進んだことが大きな要因らしい。これからも続々と発見が続くのかもしれない。それにしても、この難関、中々の迫力だ。
ハイスピードのお陰で日程に余裕が出たので、八方池に降りて休憩をとった。小さい子連れのファミリーが何組かいて、長閑で好ましい雰囲気が漂っていた。写真に写ったこの子どもさんの登山スタイル、中々のセンス。よく見ないでしまったが、多分両親のセンスも相当のものだったろう。羨ましい限りだが、時計の針は絶対に逆には回らない。
八方山の石神井ケルンまで下った頃、雲が途切れてきて麓の白馬村が透け始めた。盆地を挟んで対岸に何やらやたら大きな山が出たり消えたり。地図で確かめると、あれは高妻山と戸隠。う~ん、ここからこんなふうに見えるのか‼ 山が雲から現れる様は、丸見えの姿より感動を呼ぶようだ。リフトの乗場まであと少し。 
1本目のリフトを下って2本目の乗場の前に展望広場があって、白馬三山を間近に眺められた。三兄弟のいい姿。白馬から先の稜線は歩いた。2度も歩いた小蓮華から白馬への稜線は素敵だった。杓子からこちらの稜線はまだ見ぬ山。 
対岸にも山々が姿を現しつつあった。雨飾山、焼山、火打。妙高は出たり隠れたり。皆なつかしい山になった。焼山は未踏だが高谷池のテントの中で噴火の音を間近に聞いた。結局唐松は、これまで登った数々の山を回想させてくれる山だった。楽な山など一つもない、どれも皆険しく、それだけに登りがいがあり、麗しい山たちだった。登った山を見るためにまた山に登る。
ここに載せきれなかった画像はYouTubeで⇒こちらから
<コースとタイム> 八方池山荘前発8:39-9:09第2ケルン-9:15八方ケルン-9:22第3ケルン-10:11扇雪渓-10:28丸山ケルン10:42-11:23山荘分岐-11:57山頂12:14-12:26頂上山荘13:08-13:51丸山ケルン-14:04扇雪渓-14:43八方池14:51-15:05八方ケルン-15:11第2ケルン-15:26石神井ケルン-15:48八方池山荘前着
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