山の記 2022 | |||
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5月20日(土) ヒルにはヒルまぬ つわものたちよ | |||
会津街道諏訪峠514m 新潟県阿賀町 | |||
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下見の警告が効いて、キャンセル続出 結局、参加者は半数に減少 それだけに、蛭がどうしたと言わんばかりの猛者連 ここは、目的地の会津街道諏訪峠 嘉永5(1852)年にここを越えた吉田松陰の碑の前で、この笑顔 さすがのヒルもヒルんだような 万延元(1860)年、上関の孫三郎一行もここを越えて 日光、伊勢、金毘羅を目指した 今日、その末裔も参加している 幾星霜、旅人を迎え見送った峠 来る人を拒まず、去る人を追わず 泰然自若と居続ける峠のようなヒトデアリタイ |
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記・渡辺伸栄watanobu | |||
出発地の行地で入念にヤマビル対策 行地は、かつての宿場 |
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かつて伊勢・金毘羅参りの旅人・関川村の孫三郎一行も行地に泊した むかし宿屋だった家といえば、この家かもしれないと地元の人が教えてくれた 自信なさそうだったから、はたしてどうか? |
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行地の一里塚 ここから諏訪峠を越えると柳新田にも一里塚が残っている これだけ見事に残っている古街道も珍しいようだ |
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殿様街道の大ブナと名付けられた巨木 ここの木陰で参勤交代の殿様が休んだのだとか |
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ここが諏訪峠 かつての旅人・孫三郎の子孫も手を振っている 石碑は、ここを通った吉田松陰を記念する詩碑 |
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柳新田の一里塚 意外と大きな土盛で驚く てっぺんには榎を植えて目印と日陰にしたのだとか |
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柳新田の集落 かつては行き交う旅人で賑わった間の宿 今は数軒ひっそりと |
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全行程図 | |||
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