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平田甲太郎家文書<草刈り場出入證文> 天和2(1682)年 文書№633
<文書の解説>
1 この文書の背景的事項
天和2(1682)年は江戸時代前期で、平田家文書の中では古い時代のもの。この当時、関川村一帯は村上藩の領地だった。村上藩は大庄屋制をとっていたので、各組に大庄屋、組内の各村に庄屋、その下に組頭がいた。
文書の宛先は、小見組大庄屋の平太郎と組内三ヶ村の庄屋。小見組には、他にも村はあっただろうが、本件の草刈り場に権利をもっているのは、この三ヶ村ということだろう。ただ、文中に滝原村も出てくるのだが、なぜか、宛先にはない。許可した草刈り場の範囲には、滝原村の権利箇所は含まれてなかったということなのだろうか。
差出人は、関組大庄屋の源助と組内の上関村と下関村の庄屋・組頭。関組も二ヶ村だけではないはずだが、草刈に関係した二村だけになっている。
幕府領となった江戸時代中期以降の平田家文書では、各村組頭は1名がほとんどだが、この文書の時代には、上関下関とも、組頭が多数いたことになる。両関とも、街道の宿場村で村の規模が大きかったからだろうか。

2 文書内容の概略
(1) 争いの発端
小見組の野山に両関の者が草刈に入ったことで、領主村上藩の御役所へ提訴となった。
両関(被告)の言い分は・・・近年になってから共同利用で刈っている。
小見組(原告)の言い分は・・・共同利用とは認めてない。

(2) 御役所の裁定
双方の言い分に、確かな証拠はないのだが、関の者が草刈に来て鎌を取られた時があり、その時に、詫びを入れているので、共同利用だったとは思えない。
とはいえ、上関・下関の村では「肥草」が不足して、近年、小見組の野山へ来て草刈りをしていたようなのだから、入会の組と同等の組ともいえるだろう。
だから、小見組の者たちに支障が出ないように双方でよく話し合いをして、両関の者に草を刈らせるべきである。
※ 難解な言葉の解釈
「跡々ゟ」・・・柔軟に解釈される表現で、昔からでなく、後年になってからというニュアンス、「近年になってから」とした。
「入相(合)に草刈」・・・他村の入会地を共同利用地にして草を刈るの意味。
「並の組」・・・「会員並みに扱う」という言い方で、会員と同等に扱うの意味。

(3) 双方の合意事項の概要
裁定に従って双方でよく話し合い、その結果、以下の取決めを結んだ。

ア 両関に許可する草刈り場の範囲
小見、湯沢、滝原、上野山四ヶ村の入会野山の内、
① 東は「なしか沢」から、南は「どす舟横道」から上、西は「よしか沢」まで、北は「峰」までの範囲と、
② 湯沢村の高瀬川原の大土手の外側

イ 付帯条件
① 四ヶ村の田植えが完全に終わってしまわないうちは、アの場所で草刈はしないこと。その代り、小見・上野山分の中野で、「かり敷き草」を刈ること。
② 田植えが終わったならば、アの場所で、「肥草」を刈ること。その時は、中野はもちろん、ア以外の場所では、絶対に刈らないこと。もし、違反したら、鎌をとり上げること。
③ 小見組の田畑を荒らしてはならないこと。両関の使用人にも、そのことは良く言っておくが、かってに違反することがあるかもしれないから、その時は、さらに厳しく言いつけるので、こちら(両関の役員)に言ってほしい。
④ 「干草」は、用水に支障が出るということなので、盆前には絶対に刈らないで、盆後にアの場所で必要なだけ草を刈ること。
⑤ 立木は、どこであっても絶対に伐らないこと。もし伐った者がいたら、その者からナタやマサカリを取り上げてほしい。その時になって、ひとことの言い訳もしない。

3 考察
(1) 草の重要性について
現代の様に化学肥料や配合飼料が発達する以前、草も重要な天然資源の一つだった。草なら何でもよいわけでなく、用途に適した草が必要だった。必要な草を大量に入手できる草刈り場は限られていたのだろう。
草の用途として、本文には、以下の三種類の草が出ている。
① 「肥草(こえぐさ)」・・・田畑の肥料として利用する草。青草のまますき込む緑肥、焼いて灰にしたり、堆肥にしたりしても利用する。
② 「かり敷き草」・・・刈った草を田畑に敷き詰めたり、すきこんだりする草、緑肥。又は、牛馬の畜舎に敷いて餌にする。
③ 「干草」(ほしぐさ)・・・刈った草を乾燥させて冬間の牛馬の餌にする。

(2) 藩の裁定について
他村の草刈り場の権利を侵したのだから、厳しい裁定になるのかと思えば、意外と緩い。その理由は、何だろうか。
① 田畑はすべて領主のものだから、肥料不足で不作になっては領主も困る。
② 小見組には、両関に刈らせても困らないほど草刈り場が豊富にある。
③ 両関は、街道筋の宿場村で、藩にとっても重要な村だった。
こんなことが考えられるが、そもそも、小見組の村々も、前々から黙認していた節がある。
きちんと頼めば訴訟沙汰にするほどのことでもなかったのかもしれない。両関の衆が、元々の共同権利だとばかりに我がもの顔で草刈りに来たのが気に入らなかったのではないだろうか。
ともあれ、この證文によって、両関の衆も今後は安心して荒川を越えて草刈りに入れたことだろう。めでたし、めでたしだ。
原文1
釈文1
読下し1
原文2
釈文2
読下し2
意訳1
意訳2
意訳3
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