綿野舞watanobuの記2025      watanobu634@gmail.com
筆・渡辺伸栄watanobu(新潟県関川村在住) 
更新情報
関川村広報紙連載「古文書でタイムスリップ・江戸時代わが村の暮らし㊻」
  2025年3月号<平内新村と大島村の鮭漁場争い> 
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村上新聞連載コラム「へまの功名第10話・イワナ釣り」 ⇒こちらから
村上新聞新年特大号掲載
  「良寛が歩きバードが通り政宗が駆け抜けた道 米沢街道」
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歴史館友の会会報「いわかがみ99号」(2024.12月発行) ⇒こちらから
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外部リンク
安久昭男/
阿賀北山岳会


染繍師/
宮城美穂子
3月9日(日) 氷瀑と怪物と 蔵王白世界 




仙人沢の大氷瀑



樹氷原のスノーモンスター


烈風の馬の背 ここは標高1700m

一瞬姿を現した御釜
まるで雪洞の熊野岳避難小屋


上ノ山市街に降り注ぐ薄明光線
2月の月例山行は寒波の断続的襲来で実行を見送り
快晴絶好天予報のこの日を待って、冬の蔵王へ
豈図らんや
午前中こそ、ちょっと間の青空が出たものの
ほとんど終日、烈風のガスの中
なおかつ、午後は吹雪状態
吹きさらしの馬の背、1700mの高山の風は体温を奪い
二重の冬手袋でも指先が痛い
烈風にトレースも消え、ホワイトアウト状態
巨大なエビの尻尾でモンスターと化した目印のポールと
時々素手になって操作するスマホの地図アプリが頼り
久しぶりに厳しさと緊張感を味わった
が、これがまた、たまらない快感なのが
登山人の登山人たる所以
冬山に限らず、登山に危険はつきまとい
生死の境は紙一重と実感するのは常のこと
薄紙一枚分のラインを越えないために最大限の気を払う
準備、身支度、注意力、平静心、想像力、研ぎ澄ます感性・・・
すべては生き残るための精神の緊張
そして、自然界からのご褒美は
これまた、たまらない感動の数々
今回は
ブルーアイスホールとホワイトスノーモンスター
そして、下山時
突然現れたエンジェルラダー
何よりも、最大のご褒美は
無事家に戻れた僥倖
すべては大いなる者の差配の下にいる
これまた、いつもの実感
・・・・・・・・などど、久しぶりの雪山に感激して
ついつい、大げさな書きぶりになってしまった
息子の嫁さんが読めば
おとーさん、キケンなことはやめてください
などと、言われてしまう
ナーニ、この日の蔵王稜線には結構な老若男女がいて
みな、能天気に雪山を楽しんでいたし、
私にしてからが
凄いだの、素晴らしいだの、いい気持ちだのと連発していて
それほど深刻な気分になっていたわけではないし
氷瀑の真下に入って、スリルを楽しんで
運が悪ければ、頭上から一撃、一巻の終わりなどと
口にはしてみても
滅多には、ないだろうと楽観視しているのだから
マ、能天気の一員でもあったのであるのだ
・・・・・・・・詳細は、「山の記」とYouTubeで ⇒こちら
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2月19日(水) ギター弾きながら 生き死に考

楽譜指定のテンポ♩=100に挑戦

毎日の練習曲

スローテンポで初めての演歌 テンポ違いの箇所あり
ようやく少し考えがまとまってきたので
「生き死に考」を再開することにした
去年の9月以来しばらくの中断で、間が開いた
それで、この先を続けるために
まずは、ここまでの簡単なまとめをすることから始めたい
    ※ これまでの「生き死に考」は、左の目次から
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
138億年前のビッグバンから100億年の過程を経て、DNAが生じた
そこから4億年かけて単細胞が生まれ、
それが、さらに28億年近くかけて、多細胞生物になった
DNAは、ひたすら生きることを目的としたプログラム
単であれ多であれ生命体は、このプログラムの出力機構

つまり、DNAこそ、生命体の意思
それは、生きること、生ある限りひたすら生きること
生命体の行動が事細かくすべて
DNAにプログラミングされているわけではなく
単純に、生きるための行動を取るように
コマンドが書き込まれたプログラム

DNAは、プログラムを維持するためにコピーを繰り返す
元素はその材料
元素は互いに結び付いて原子、分子となり、物質世界を構成する

我々の身体も、他から取り入れた元素が結び付いたもので、
元素レベルでは、分離と再構成を繰り返し
他の物質との間で、絶えず相互交換を繰り返している
私の身体を構成する元素は、
以前、どこかの何かに使われていたもので
私の身体から出ていく元素が、次にどこかの何かに使われる
身体を物質レベルで見れば、それは、それだけの話ということになる

般若心経の「色即是空」とは、このことを喝破した表現
色すなわち物質世界は、このようになっているのだ、と
無ではない、元素は138億年前から普遍に存在し続けている
しかし、有とも言えない
元素レベルで物質世界を見れば、
自と他を区別することも、生と死も、意味はない
自分のものは他のもの 他のものは自分のもの
無でもない、有でもない、それが、空
だから、自分という存在に、そう頑なにこだわるな、と

しかし、精神活動となると、そう単純ではない
精神活動は、生命体の意思で、
本を正せば、生きるというDNAの意思
DNA発生以来38億年かけて、
人間という形に生命体の一系統が変化してきた
人間という形は、
DNAの意思の出力機構としての一形態にすぎないが、
人間の精神活動は、生きるという生命体の意思を体現するために
他の生命体とは違った、特別の方向に進化してきた

それは、なぜか、特別の方向とは、どんな方向か
これが、「生き死に考」の次のステージの問題

般若心経では、「色即是空」に続けて、
「受想行識亦復如是」と説く
色は、身体を含む物質世界のことで
受想行識は、感じ想い行い識ること、つまり精神活動
だから、色は空だよ、同じように精神活動も空なのだよ、となる
自分の精神は他の精神 他の精神は自分の精神
これは、何を意味しているのだろうか

誤解を避けるためにあらかじめ記しておくが
決して、物心二元論を展開しようというのではない
すべては、量子の法則に支配された元素原子分子レベルの話
その世界は、どうやら物心一元となるようだ
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2月10日(月) 寒波の中でも 老年的超越 
村上新聞の竹内社長さんから、連載コラムをと請われ
執筆を始めてみたら、俄然、来し方を振り返ることが多くなった
以前はもっぱら、前ばかりを見るようにしてきた
後ろを振り返れば、自然と浮かんでくるのは悔いることばかりで
気が滅入ってしまうからだった
しかし、コラムを書くことになって、意図的に振り返ってみれば
結構楽しいことが浮かんでくるのだから、不思議なものだ
毎朝の修証義で、懺悔滅罪を読み上げているせいで
もしかしたら、浄化されてきたのかもしれない
今は、面白い人生だったなあと、素直に振り返ることができる
家族がいて、学校の子どもたちがいて、先輩後輩仲間がいて
第9話で描いたこのイラストなど、見ているとつい笑ってしまう
近頃は、挿絵のイラストを描く時間が
何か、至福の時間のようになってきた
家事をしていても、風呂に入っていても、ついぼーっとして
浮かんでくる場面に浸ってしまう
さて、頭は洗ったのやら、鍋の火は止めたのやら
アブナイアブナイ、いよいよ老年的超越の領域に入りつつある

先週はちょっと忙しかった
村上新聞の〆切があって
関川村史年表作成の分担作業を延ばしてもらった
その分、週末、シャカリキとなって作業して
昨日の夜何とか、メールで提出したばかり
それで今日は、やや余裕ができて
9日ぶりのギターの練習と6日ぶりのマシンラン
とはいえ
村広報紙の〆切も迫っているので、その準備も今日から
家事にとられる時間も増えているし
生死考や米野戦記など、後回しにしている作業も多い
それでも、することが多いというのは
有難いことだと、これまた心底思う

2月寒波はどうやら一段落
豪雪の雲は、この辺りを避けて行ってくれたようだ
屋根の雪下ろしに備えて新調した命綱もハーネスもアンカーも
使うことがなければ、それに越したことはない
今週もう一度寒波がくるとか・・・・クワバラクワバラ・・・・
さて、もう寝る時間・・・7時間の睡眠時間は、確保せねば
 
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1月24日(金) 恒例の雪の五頭山 初登り YouTube 

凍てつくブナ林 幽玄の森

一ノ峰に続く長い稜線上 光背神々しく

前一ノ峰 飯豊は見えず

前一ノ峰を下って鞍部の風除け地へ

テントを張って大休止

テントを畳む頃ガスが薄らいで 眼前にホワイトツリー

前一ノ峰に戻る どこの高山かと思うばかりの光景

雲が切れ青空が出始めた まるでアルプスの稜線

三ノ峰に戻れば 五頭山ブルー

蒲原平野もよく見えてきて

ブルー&ホワイトの絶景の中を下山
雪の五頭山 毎冬登って飽きることはない
毎度の賞賛
吹雪だったり 凛冽とした山気だったり
白と黒のブナ林に 凍て付くエビの尻尾
真っ青な空に 純白の雪面
逆光の中の樹氷
その時どきに 新鮮な感動
登山は心の掃除
掃き清められた精神は
まさに色即是空そのもの
毎度の五頭山 今年も何かいいことがありそうな予感
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1月24日(金) 2年ぶりのスキーボランティア 
去年は雪なしで、小学校のスキー教室は開催不可
だから、2年ぶりに履くスキー
購入してもう20年近くになる板とブーツ
2年間放置したから、使うのをやめた
ブーツは特に、劣化するといきなり破裂するという
小学校の手配で、児童と一緒にレンタルにしてもらった
手ぶらで行くスキー場というのも、初体験
身軽でなかなかいいものだ
子どもたちは、いつも変わらず、明るく元気
ボランティアをしてもう20年近くなる
毎年こうしてスキーで付き合って、
初めの頃の子どもはもう大人
年年歳歳、こちらは相変わらず
歳歳年年、子どもたちは大きくなる
いや、こちらは逆に、小さくなっているのだ
毎年、この時だけ会うボランティアの仲間
もうそろそろやめようかと思っている、と言うと
年一回ここで会えるのが楽しみなのだからまだまだ、と言う
来週もう一回、今度は高学年
来年のことは来年考えることにしよう
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1月20日(月) ゆっくりモードで喜寿+1の手習い 
決して人に聴かせるような演奏ではないのだが
一人練習していると、なかなか一曲弾き通すのが難しい
途中必ず引っかかって、そこからまた、弾き始める
その繰り返しで、なかなか上達しない
待った待ったのへぼ将棋状態
で、やはりYouTubeにUPすることにした
録画のカメラを向けるだけで、覚悟が違う
ゲツバタしながらも、何とか一曲弾き通そうと真剣になる
ランニングもそうだ、大会があれば練習に気合が入る
やはり、発表の場があるとないとでは大違い
今回一気に三曲UPした(左の目次のソロギター手習い)
半年ぶりのUP、自分では多少進歩はしていると思うのだが
しかし、ゲツバタぶりは相変わらず
亀の歩みでも、止まらなければ、いつか山頂に達する
昔、大朝日岳で、そんな女性登山人を見た
 
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1月4日(土) あらためまして 謹賀新年
去年の登山から一選抜の賀状イラスト
今年のは、七夕登山の苗場山
山頂台地の広大な緑野湿原
思わず知らず、おおースイッツランド!と叫んでしまったら
当然のごとく、続いて出たのは おおブレネリ
この歌を歌えば
長く続く木道の上でスキップなどしたくなるというもの
まわりは、真っ白なワタスゲの群生、それはそれは
見事な光景だったのです
早々に賀状をいただいた皆さん、ありがとうございました
週明けに郵便局へ行って賀状を買い、それから印刷の予定
今しばらくのご猶予を
あ、末筆ながら、今年もよろしくお願いします
 
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1月1日(水) 初春のめでたさや 娘の一本立ち 

(画像をクリックすれば「染繍師 宮城美穂子」のページが開きます)
昨年末、娘が作家として一本立ちしたという
天然繊維の糸と布を日本古来の技法で染め上げ
伝統技法で刺繍する
さらには、その生地を縫って小物も制作する
この一連工程を一人で行う作家はなかったので
自分で勝手に「染繍師」(そめぬいし)と名乗っている
いよいよ我が家から芸術家誕生か と思ったら
豈図らんや 芸術家ではありません!あくまでも職人です!
と、返ってきた
職人とは・・・ずっと昔、鎚起銅器職人の話を思い出した
曰く、三日手間の仕事をきちんと三日で仕上げるのが職人
それ以上でも、それ以下でも、職人とは言わない と
以下はわかる 四日も五日もかかるのは、見習いだろう
以上はどうだろう・・・そのとき左甚五郎の伝記を思い出していた
柱のほぞ穴一つ開けるのに丸一日かかった甚五郎を
兄弟子が叱った
で、そのほぞ穴をのぞき込んで、兄弟子は腰を抜かした
小さなほぞ穴の中に、猿が三匹彫り込まれていたとか
子どもの頃読んだマンガなので、真偽のほどは分からないが
職人以上というのは、このことだろうかとその時思った
娘のは、どうみてもアート と思ったのだが
考えてみれば、アートは実用性を考慮しない
実用性があってこその職人
ということで職人にこだわるのなら、それはそれで
おみごと!というしかない
職人は名を残さず作品を残す
それもまた、いい
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