綿野舞watanobuの記    watanobu634@gmail.com
筆・渡辺伸栄watanobu(新潟県関川村在住) 
更新情報
☟ 「文化3年田麦堀割訴訟顛末記」
 最後に「まとめ」を書き足して、完結しました。この訴訟は一体何だったのか、平太郎の意図はどこにあったのか、原因と結果を繋ぐ間には様々な人間の思惑がうごめいていたこと等々、すべて明らかにした思いです。やはり、歴史は生きた人間のドラマだと、しみじみ思っています。この面白さを果たして読み手の皆さんに伝えることができたかどうか、そこは自信がありません。とりあえずは、読んでもらえればと思っています。(2/25完了)
☟「万延元年道中記」 
万延元年大晦日12月30日、一行は大坂に到着です。ここで新年を迎えて次は金毘羅参り。毎日歩き続けて、健脚ぶりには脱帽です。左下の「古文書分館」をクリックしてみてください。(2月27日更新)

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文化3年
田麦堀割訴訟
顛末



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2月28日(日) 弾みつき また雪の山 菅名岳  ⇒「山の記」へ
菅名岳909mは、五頭連峰と阿賀野川を挟んで並ぶ越後の名峰。 東蒲原の入口に門衛のように屹立する鋭鋒がその山だとばかり思っていたのは、まだ登山に身を入れてなかったずっと昔のこと。勘違いさせられたその山は鳴沢峰という名で菅名岳の隣に立っている。下界から見れば鳴沢峰ばかりが目立って立派で、肝心の菅名岳がどこにあるか分からないくらい。ところがどうして、登ってみればさすがは名峰。菅名岳は左右に稜線を伸ばして翼を広げた実に堂々とした山。鳴沢峰はその右翼の一端に過ぎない。やはり、山は登ってみなければ分からない。人を外見で判断してはならないのと同じこと。この日のルートは、左翼をなす大蔵山から雪の稜線を歩いて菅名岳に達し、中心の丸山尾根を下降した。10年前の4月24日と同じコース。あのときは公民館の団体登山で、隊列の中の一人。ただ賑やかなおしゃべりの列に加わって歩いただけで、同行の人への印象は残っていても山の印象はそう強くない。山への思いが浅かった分だけ、山から得るものも少なかったということ。山は、大きく叩けば大きく返してくれる。この10年間の山と自分との関係に改めて思い至らせられた大蔵山~菅名岳稜線周回。4月には再び公民館登山を予定している。下見にも、また来ることになるだろう。いい山は、何度来てもいい。どんな変化を見せてくれるか、どんな思いを抱かせてくれるか、この山を味わい尽くしたい・・・・つづきは、「山の記」
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2月14日(日) 出遅れて二月初山弾みづけ  ⇒「山の記」へ
五頭山は安全に手軽に雪山の気分を楽しめる人気の山、この日も駐車場は超満車、出遅れた我らに駐車スペースはなく、村杉温泉に近いくらいのずっと下まで戻って、ようやく見つけた路肩の空きスペースにどうにか留めた。出遅れたと言えば、そもそも2月のこの日が初登りというのも、かなり出遅れた。出遅れの理由はいろいろある。今日の出遅れは、昨晩の地震ではない。寝入りばなを揺り起こされて、その後寝付かれずに朝飛び起きた人もいるにはいたが、それで遅れたわけではない。三月ぶりの登山が嬉しくて嬉しくて寝付かれなかった人もいるにはいたが、それで遅れたわけでもない。予定どおりに集合して時間どおりに駐車場に着いた我らより、外の人たちが早過ぎた。運よく駐車場に恵まれた人たちの顔を盗み見れば、連続晴天三日目の今日がラストチャンスと、寝ずに朝を待った人たちだろうかと、そんな顔。それはそれとして、我らが今年出遅れた理由もいろいろある。豪雪で除雪に追われる日々だったこともあるし、何よりも、毎年の元旦マラソンがなかったから、立ち上がりに弾みがつかなかったことも大きい。そんなこんなで、2月半ばの初登りは、近来稀に見る珍現象。それが今日、菱ヶ岳から五頭山へ長い長い雪の稜線を歩いていれば、去年11月からの空白は一気に埋まる。埋まるどころか、天空回廊の、この景色を見てしまったら、三ヶ月の空白は次の弾みのためのタメだったのではとさえ思えてくる。それに、前一ノ峰に上がったその瞬間、眼前の飯豊連峰はそれまでまとっていた雲のベールをきれいに脱いで、毎年の通りに、今年はいつ来るの?と尋ねかけるから、きっと夏には行くからねなどと、すっかり弾みがついてしまって・・・・つづきは、「山の記」
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2月10日(水) 吹雪去り 寒気突き割く陽の温さ 
夜半まで続いた吹雪。今朝は一転して陽射し。見事な舞台転換。今朝が五頭山なら6年前の「山頂の光と雪のページェント」と題したあの写真(⇒こちら)が撮れただろうに。などとブツブツ独り言、朝風呂から帰って、急ぎカメラを持ち出し、庭の木のあちこちをバシャリバシャリ、今年は未だ一度も山行なしだから、このカメラを切るのも今年初めて。庭に積もった雪は固くてスコップも歯が立たず、自然解凍を待っている。予報では、月半ば過ぎにもう一度寒波が来るらしい。ヤメテクレー、雪ハモウ イ・ラ・ナ・イ! 
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1月29日(金) 雪わらに水蜘蛛の術こわごわと  ⇒分館トピックスへ
小学3年生が社会科で昔のくらしを体験しに歴史館へ来るのだと、Unqさんから手伝いを頼まれた。勿論二つ返事。昔取った杵柄というやつだ。担当はカンジキ、雪国の必需品。これをどんなふうに使ったか、いかに役立つものであったか、どうやって作ったか、得意の弁舌をふるうはずだった。が、それどころではない。なぜかというと、一人一人に次々と履かせてやっては外へ送り出すと、雪面を一回りして戻ってくるから、それを脱がせて次の子に履かせてと40人近くの子にローテーションを確保するだけで手いっぱい。弁舌の場面は全くなし。屈んだ中腰姿勢で只管カンジキの着脱作業。腰が張ってもう目眩がしてくるほど。多分生まれて初めてだろう、カンジキなるものを履いて恐る恐る雪わらに出ていく子ら。見送り見れば、まるで、水蜘蛛の術を習い始めた小さな忍者。雪わらをぬからずに歩けると、大喜び。弁舌よりはもちろん体験の方がはるかに大きい学び。なんとも愛し気なこの子らの笑顔を見れば、腰が張るの目眩がするのと言ってはいられない。体験ブースは、ほかに雪沓藁沓蓑、石臼大豆引き、洗濯桶洗濯板、その他諸々あって、それぞれに担当者がいたのだけれど、誰がどんな弁舌を垂れていたやら知る由もない。終わってどっと疲れて、結局支度していったドームRunはやらずじまいで帰宅。炬燵でスマホの小忍者を見て、ほっこり。 (当日の写真数枚、分館トピックスに掲載してあります⇒こちら) 
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1月24日(水) バカダバカダバカダ 
今日も代わり映えのない雪景色。ただし、ここは2階の屋根の上。
10時ごろ隣家のWさんが来られて言うには、「2階の屋根の雪が重くなって垂木が危ないから下ろした方がいい」と。Wさんは我家の棟梁で、家の守り神様。「垂木が折れたら100万や200万では終わらないから」とも。すわ、一大事!「すぐ下ろします」と、心の準備も整わぬまま、押っ取り刀で鉄のスノーダンプを担ぎ梯子を上って、今、ここ地上7mの断崖絶壁に立っている。クライミングのお陰で、高度の恐怖感はない。頭には岩山用ヘルメット。しまった、腰痛ベルトを忘れた。折角上った梯子を下りたくないし、半日何とかなるか。スノーダンプで快調に雪を滑り落とす。下の1階の屋根はたちまち雪の山。これを片付けるのは午後の作業。
1階の屋根を過ぎれば、一気に6m下へ雪の急降下爆撃。ヒューンドーンバァーン、雪下ろしをさせられた中学生の頃からずっとこれが快感。昔はスコップで投げ落としていたからヒューンの時間が長かった。下でOkkaaとWさんが心配そうに見上げていて「少しずつ落とした方がいいよー」「オーケーオーケー」言いながら、ついつい大きな塊をヒューンドーンバァーン。ガチャガチャガチャ!ありゃりゃ、玉椿の垣根の雪囲い。バンッ!ベギベキ!しまった、竹デッキの屋根を直撃。
1段目の雪は雨と陽射しで柔らかくなっているが、2段目の雪は、スノーダンプを足で蹴り込まなければ刺さらないほどの固雪。その塊が6m上から落下してくるのだからたまらない。竹デッキの屋根は、5㎝角の木材を垂木にしてその上にポリトタンを張っただけ。垂木の折れる音、トタンの破れる音。
それで、フッと思い出した。ずっと以前、2年続けて大雪の年があって、1年目の雪下ろしで今日と同じく竹デッキの屋根を壊した。それで、2年目は、ポリトタンで滑り樋を作って、そこを滑らせると雪塊が遠くまで飛んで、竹デッキの屋根に当たらないようにしたのだった。スコップですくっては流すから時間はかかるが、1階の屋根にもたまらない分、結局、同じ時間で済む。それをすっかり忘れてた。
いや、念頭にはあったのだ。滑り樋は物置の床下にあって、毎年、除雪用具をそこから出すとき、今年もこの樋は使いたくないものだと、所在は確認していた。それを、スノーダンプでゴイゴイ落すと楽なものだから、ついつい頭の中から抜けていた。雪が消えたら修繕するから、ま、いいか。
ちょっと昼寝して、さて、1階屋根の雪落しにかかろうかと、今度は忘れず腰ベルト。が、所定の位置に無い。探しても無い。あっ、思い出した。一昨日、2回目の学校スキーで帰りしな、トイレで腰ベルトを外して手洗い場に置いて、そのまま帰ってきた!わざわざ取りに行くほどの物でもないし、いや待てよ、取りに行ったついでにスキーをしてくるのも悪くないな、明日、電話してみようか。などとブツブツ言いながら1階の屋根の作業。
日が暮れて、疲れた体を湯船に沈めて、Okkaaに聞こえないように小さな声で、♬バカダバカダバカダ、バカダバカダバカダ、バカダ、バ・カ・ダー♬ 失敗した日の、いつもの愛唱歌。これを歌うと、タケダの薬よろしく効果絶大、失敗なんぞは雲散霧消。だから、また失敗を繰り返すのではあるけれど。
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1月20日(水) スキー授業 わかぶなつぶれて胎内へ
2年ぶりにスキーを履いた。もちろん、子どもたちもだ。スキーは自転車と同じ、一度覚えたら忘れない。中級コースを1本目恐る恐る滑っていた子たちも、2本目にはスイスイ。午前の最後に林間コースへ回ったら、途中の分かれ目で新雪の「ほだわら」。スキーを外してズボズボ歩き、それも冒険。閉校式で、スキーをそろえて滑れるようになったことと新雪をぬかりながら歩いたことを感想発表してくれて、小学校最後のスキー授業。いい思い出になってくれればと願うばかり。
地元のわかぶな高原スキー場は廃業となった。今年は有り余るほどの雪だというのに。やむを得ず学校スキーは、胎内スキー場。ここはしぶとく生き残った。その甲斐あってか、平日なのに駐車場は満車状態、リフト待ちも長い行列。賢いものだけが生き残れる。
久しぶりに見た子どもたち、随分大きくなって見紛うほど。それに比べて、こちらはどうだ。帰宅して夕食まで昼寝して、夕食後もすぐ夜寝して朝まで爆睡。上昇線と下降線の違い。神経痛が治まっただけ儲けもの。
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1月11日(月) 2年分降らせなけりゃと生真面目に
雪の神様、どうやら相当生真面目な方のようで、去年全く降雪ゼロだったから、その分を今年に積み増さなければ勘定が合わないと、鉛筆なめなめ必死で帳面合わせをなさっていらっしゃる様子。
一昨日朝の新雪が、膝上までラッセルして歩くほど。その雪を全部きれいに片付けたというのに、昨日の朝は、一昨日の朝以上の新雪。
6日に雪下ろしした屋根の南面を残していたので、今日はそこを下ろさなければと、2階の窓から屋根に出ようとして、開けてびっくり。ここは6日に下した場所。新雪だけでこの深さ。
午前いっぱい雪下ろし。午後から、下ろした雪の排出。雪下ろしは、屋根の傾斜を利用して、スノーダンプを滑り下らせて落とすだけだから、作業的にはそうきつくない。ただ、我家の屋敷は家の周りに雪を下ろせるスペースはほとんどなく、大部分の雪はピンポイントで狙って一ヶ所に落とす。
自分で自分をバカだなあと思うことは数多くあるが、一番のバカだったのは、雪下ろしのことを全く考えないで家を作ったこと。
だから、落とした後の排雪が大仕事。屋根から落下した雪は、堅く締まった圧雪。そこにスノーダンプを突き立てて、ピラミッドでも作るのかというブロックを引いたり押したりして、屋敷から出して道路の消雪やら、小溝の流れやら、田んぼの水やらで消してもらう。
言ってみれば一日中、造水作業。日本海の水蒸気が雪になって我家の屋根に下り、それを使って、ものすごい労力で水を造って、また日本海へ戻す。大気循環のエネルギーもすごいのだろうが、現実、水を造っているのは人間。だから、人間のエネルギーもまたすごい。隣近所の人、老いも若きも総出、エネルギーの総和。神様の帳面には E=mc2 なんて難しい式はなくて、単に(去年+今年)÷2=平年 なのかも。
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1月6日(水) 久方の光のどけし 屋根の上
元旦から1日の休みなく雪との格闘。この日は、いよいよ屋根の雪下ろし。北側屋根のガリガリ圧雪を下ろし終わって、南面へ出てみれば、打って変わって温かな陽射し。一昨日までの息つく暇もないほどの降雪を忘れたような、静心。ひとときの平穏。今年はもう屋根雪処理は無理かと我が身を案じていたが、案ずるよりは産むが安しか、半日みっちりとスノーダンプを引いたり押したり。労働中は神経痛が消えるから、ありがたい。翌日からは、下ろした雪の処理。これがまた、固いのなんのって。ダイナマイトで破砕したくなるほど。とはいえ、格闘は苦闘にあらず。これもまた筋トレと思えば格闘は楽闘。それに、隣近所の人たちが出てきて声掛合えば、雪籠りの閉鎖から解放。重い雪を運びながら、労働歌の一つも出てこようというもの。♬わか~ものよ~からだをきたえておけ~♬
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1月5日(火)  3時間 雪を運べば Run代わり 
そろそろ屋根の雪が心配になってきた。そうなる前に、まずは庭の雪を片付けておかなければならない。午前中3時間みっちり、雪運び。竹デッキの屋根から滑り落ちた雪は、固まって重い。スノーダンプで運び出しては消雪の水で消す。この作業を5回やれば春が来るはず。今年はもう2回やった。だから、5回では無理かもしれない。万歩計はつけてないが、相当の歩数にはなったろう。いつものことだが、動いている間は脚の調子はいい。
昨日は、ドームが開館して本年初走り。UnqさんとYoumyさんは雨天グランドを10㎞走ったというのに、当方は、マシンで5㎞。それも、キロ10分の超スローペース。この調子では、山についていけない。だから、5㎞のうち、2㎞はマウンテン・マシン。15%勾配にして時速4.5㎞。走るのは禁止のマシンだから、走るようにして歩く。今日もドームの予定でいたが、雪運びで相当の歩行距離になったから、午後はもっぱら「田麦堀割訴訟」。どうやら、平太郎にとりつかれたようだ。
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1月2日(土) コロナ避け 年末年始雪籠り    「庭の記2021」は ⇒こちら 
元旦マラソンなく、代わりの登山予定も大雪予報で取り止め。ドームは年末年始閉館で29日から完全家籠り。喪中を理由に、正月行事一切なし。ついでに年末大清掃もなし。もちろん恒例の仲間との新年会もなし。只管机に向かって、「田麦堀割訴訟の顛末記」書き。元旦は朝風呂の後2年ぶりの雪除け。今日で2日連続。積雪は、門と塀と垣根雪囲いの設計荷重を越えた。それで午前中は、そこの雪を掻き下ろして、排雪の作業。動いているうちに、脚の神経痛が消えていくから不思議。雪は午後もまだ降っている。この様子では明日も3日連続の作業・・・続きは「庭の記2021」へ。
言い忘れました。謹賀新年 今年もどうぞよろしくお願いします。コロナ収束は全世界の願い。80億近くの人々の願いが一致する新年なんて、人類史上初のこと。せめて気持ちだけでも壮大に、前向きに。 
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